それが云うに云われず不愉快になって来たのでした。
 乱歩氏は全くの見ず知らずの私の作品に対して、何等の顧慮も気兼《きがね》もなしに、一個人としての飽く迄も清い、高い好意を寄せられたのです。心から「シッカリ遣《や》れ」と云って下すったのです。しかも、そうした乱歩氏の先輩らしくもない……大家らしくもない……ホントウの涙ぐましい御好意に対して、私は一度も赤裸々の私をお眼にかけた事がないのです。タッタ一度、自分の作品に対する同氏の批難を、取り繕《つくろ》い勝ちに承認した手紙を差出した記憶があるだけで、同氏の作品を公けに評した事なぞは神かけてないのです。
 勿論これは恩誼《おんぎ》ある先輩に対する気兼ねからでもあり、同時に自分の無学から来るヒケメからでもあったのですが、しかし他人は知らず江戸川乱歩氏のそうした恩誼に対して、私がそのような世間的の甲羅や着物を被《か》むっているという事は、却《かえ》っていけない事ではあるまいか。寧《むし》ろこれを機会に、そんなものをカナグリ棄てて、同氏に対する私のホントウの感想を、出来るだけ明白に披瀝したならば、それが私としてドンナニ不徳な、僭越な所業となるにせよ…
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