。脅迫してんのよ。この男の方が、よっぽど悪党だわ。ねえ……」
「……………」
「……きっと脅迫してお金にしようと思っているのよ、この男は……『けれども俺は、お前の今の仕事の邪魔をしようと思っているのじゃないから安心しろ。その代りにこの手紙を見た瞬間からお前が、俺の命令に絶対に服従しなければならぬことだけは、もうトックに覚悟しているだろう。一銭五厘のねうちが、どんなに恐ろしいものか、知り過ぎるくらい、知っているだろう。そうして俺の眼が、夜《よ》も昼も、お前の身のまわりに光っていることだけは感じているだろう』……」
ここまで読んで来ると流石《さすが》にマダム竜子の声が、怪しく震えを帯びて来た。しかしマダムの竜子は何気なく咳払《せきばら》いをして、いかにも平気らしく先の方を読みつづけた。
玲子はその声に耳を澄ましているうちに、いつの間にか氷のような冷静さに帰っていた。春の夜の明け方の静けさにみちみちた大沢邸内のどこかに、微《かす》かに微かに人間が忍び込んで来る音が聞えるように思って一心に耳を澄ましながら、心の奥底を微かに微かに戦《おのの》かしていた。
しかし手紙の方に気を取られていた大
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