ぎりきょうさく》だ』……ホホ……何だか時代めいたお芝居みたいねえ。この弓子って誰なの……え……玲子さん……。お前さん、知っている人なの?……」
「……………」
「どうやらお前さんの知っている人らしいわねえ。こんな手紙を持っているところを見ると……ええ……と……『俺はお前のために俺の旧悪を密告されて、網走《あばしり》の監獄に十五年の刑期を喰込《くらいこ》んだ。おまけに財産の全部をお前に持逃げされてしまった』……まあ恐ろしい女ですわねえ弓子っていうのは……ねえ玲子さん……」
「……………」
「ええと……『それでも俺はお前を怨まなかった。こうして苦心惨憺して三年前に脱獄してからというもの、それこそ生命《いのち》を削《けず》る思いをして、お前を探しまわったことを考えても、お前なしに俺が生きてゆけない人間になりきっていることが、いくらかわかるだろう』……ホホホ。いよいよ安芝居のセリフじみて来たわねえ……『それにしてもお前はこの十五年の間に立派な悪党になったなあ。たった三人ではあったが東京の岡田子爵、越後の甘粕《あまかす》少将、京都の林男爵と、世間知らずの金持華族や、軍人上りの富豪なぞと次から次に結婚して、みんなお前のお得意のコカインの中毒患者にして次から次に自殺みたいな死に方をさせてしまった。そうしてソンナ連中の遺産を一人で掻き集めて栄耀栄華《えいようえいが》にふけりながら、よく、尻尾《しっぽ》を押えられずに来られたもんだなあ、お前は……』……まあ怖い……そんなことがホントに出来るのかしら……。第一コカインなんてどこの薬屋でもお医者以外には決して売らないのに……『しかしお前がドンナに悪智恵の逞ましい毒婦であっても、俺が出て来たらモウ駄目だぞ。俺は根高弓子というお前の真実《ほんとう》の名前から生れ故郷の両親の顔まで知っているのだ。東京の岡田雪子、新潟の甘粕花子、京都の林百合子という三つの変名も、今のお前の変名と一緒に知っているんだ。東京と、新潟と、京都の警察が、今でも雪子、花子、百合子の名前を聞くとピインと耳を立てるに違いないことを、お前自身もよく知っているだろう。俺がお前の今の名前を書いた一銭五|厘《りん》の葉書をタッタ一枚奮発しさえすれば、一週間経たない中《うち》に、お前の首に縄が巻き付くぐらいのことは最早《もはや》、毒婦のお前にはわかり過ぎる位わかっているだろう』……まあ
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