ヨイヨ大丈夫です。……何なら警察の人が来る前に今一度あのルンペン男の顔を見ておいてくれませんか。昨日《きのう》の昼間あなたに手紙を渡した男に相違ないかどうか……」
 しかし玲子はうなずかなかった。フト……たまらないほど心配なことを思い出したので、そのままスルリと中林先生の腕を抜けて一散に階下へ走り降りて行った。廊下の切戸を開く間《ま》も遅くお庭へ降りる石段の上に出ると、折から向うの木立ちを離れた太陽の光りに、マトモに射すくめられてしまった。同時に、大きな黒いものが真正面から玲子に飛びついて、彼女の涙だらけの顔をペロペロと嘗めまわした。
「おお。アムールや。よくまあ無事でいてくれたのね」



底本:「夢野久作全集10」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年10月22日第1刷発行
入力:柴田卓治
校正:mineko
2000年12月29日公開
2006年2月25日修正
青空文庫作成ファイル:
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