が毎日毎日あの女の行く先を探っている中《うち》に、あの女のアトを僕と同じように跟《つ》けまわしている一人のルンペンみたような男がいるのに気がつきました。そうしてツイこの四五日前のことです。そのルンペンがある酒場で酔っ払った時に……俺はモウ近い中《うち》に大金持になるんだぞ……と口走るのを聞きましたから、僕はハッとしました。イヨイヨ危ないナ……と思いましたから直ぐに大沢先生に何もかも打明けて、家《うち》を出て行って頂いたのです。心臓がもうかなり弱っていられるのを無理にそうして頂いたのです」
何もかも忘れて聞き惚れていた玲子はハッと気がついて、心からうなずいた。
中林先生の深い深い親切と智慧に、驚いて、感心してしまいながら、その乱れた髪毛《かみ》の下に光る凜々《りり》しい瞳の光りを見上げていた。
「けれども玲子さん。お父さんのことは心配しなくともいいです。大沢先生が信州へ行かれたのは嘘なのです。先生は今東京の大学病院に這入ってコカイン中毒の治療をしておられるのですよ。そのうちに元気になって帰っておいでになるでしょう」
「まあッ……ホント……」
玲子は思わず中林先生の肩にかじりついた。その襟筋に熱い熱い感謝の涙を落しかけた。
中林先生も声をうるませた。
「ほんとうですともほんとうですとも。僕が附添って入院させたのですから。そうして何もかもお話しておいたのですから御心配に及びません。その時に何もかもおわかりになった大沢先生は僕の手を握って、玲子のことを頼む頼むと何度も言われましたから、僕も一生懸命になって気をつけているところへ、思いがけない昨日《きのう》のお手紙でしょう。あの悪党女が、お父さんのお留守を利用して、自分一人だけでお金を盗んで逃げようとしているのを感づいた、もう一人の男の悪党が横合いから飛込んで、そのお金をあの女ごと引ったくろうとしているのです……そのためにはドンナ恐ろしい犠牲を払ってもいい覚悟をしているらしい。一刻も猶予しないつもりらしいことがわかりましたから、僕は直ぐにこの家《うち》に忍び込んで、どんなことが起るか待ち構えていたのです。それを知らずにあの男は、お父さんのお留守を幸いに忍び込んで、あの女を脅迫しようと思ったのでしょう。短刀を持って抜足、さし足この段々の下まで来ると、ちょうどその時にこのサローンであの女と玲子さんとの問答が初まったのです。
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