く無疵《むきず》な肉体が、草の中にあおのけに寝て、左手《ゆんで》はまだシッカリと前裾を掴んでいた。
 私はチラリと汽車の方をふり返りながら、その左手を着物から引き離して検《あらた》めてみた。手の甲も、掌《てのひら》もチットも荒れていないようであるが、中指の頭にヨディムチンキが黒々と塗ってあるのに、そこいらが格別|腫《は》れても傷ついてもいないところを見ると、刺《とげ》か何かを抜いたあとを消毒したものであろう。して見ればこの女は看護婦かな……と思い思い手早く胸を掻き開いてみると、白く水々しく光る乳房と、黒い、紫がかった乳首があらわれたが、その上を、もう、一匹の大きな黒蟻が狼狽して駈けまわっていた。
 さては……と私は息を詰めた。すぐに安物らしい白地の博多帯をさぐってみると……どうだ……ムクリムクリ……ヒクリヒクリと蠢く胎動がわかるではないか……たしかに姙娠五箇月以上である。なお序《ついで》に、袂《たもと》と、帯の間を撫でまわしてみると、筥崎から佐賀までの赤切符の未改札が一枚と、小型の名刺に「早川ヨシ子」「時枝ヨシ子」と別々に印刷したのが十枚ばかりずつ白紙に包んだのが、帯の間から出て来た。
 その名刺をポケットに落し込みながら、私は取りあえず凱歌を揚げた。早川というのは九大医学部の寺山内科に居る、医学士の医員で、記者仲間に通った色魔に相違なかった。その背後には姉歯《あねば》なにがしという産科医がいて、何かしら糸を操っているという噂まで、小耳に挟んでいる。又、時枝ヨシ子というのは、これも同大学の眼科に居る有名な美人看護婦ではないか。……二人の関係は二三箇月前にチラリと聞いた事があるにはあったが、評判の美人と色魔だけに、いい加減に結び付けた噂だろう……なぞと余計なカン[#「カン」に傍点]を廻《ま》わしていたのが悪かった。もうここまで進んでいたのか……と思い思い今度は下駄を裏返してみると、まだ卸《おろ》し立てのホヤホヤで、福岡市|大浜竪町《おおはまたてちょう》金佐《かねさ》商店という商標《マーク》が貼ってあって、踵《かかと》の処に※[#「┐」の中に「サ」、屋号を示す記号、188−7]と刻印が打ち込んである。次にビーズ入りのバッグを開いてみると、新しいハンカチが二枚と、六円二十何銭入りの蟇口《がまぐち》と、すこしばかりの化粧道具を入れた底の方から、柳川ヨシエという名宛《なあて》
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