の質札が二枚出た。お召《めし》のコートと、羽織と、瓦斯《ガス》の矢絣《やがすり》の単衣物《ひとえもの》と、女持のプラチナの腕時計の四点を、合計十八円也で、昨日《きのう》と、一昨日《おととい》の二日にわけて、筥崎|馬出《まいだし》の三桝《みます》質店に入れたものである。
 私は又も、その質札をポケットに突込みながら、二度目の凱歌を揚げた。……これだけのタネを握り込んで、三段や四段の特別記事が書けなければ、俺は新聞記者じゃない……むろん警察や、同業《なかま》の奴等は指一本だって指せやしないだろう……占めたナ……と奥歯を噛み締めながらも、何喰わぬ顔を上げて、そこいらを見まわした。
 私の周囲には二三人の田植連《たうえれん》が、魘《おび》えた顔をして立っているきりである。一気に筥崎駅へ駈け込んだ列車の窓からは、旅客の顔が鈴生《すずな》りに突き出ていて、そこから飛び降りた二三人の制服制帽が、線路づたいに走って来るのが見える。その外にもう一人、サアベルを掴んだ警官らしい姿も、後《おく》れ馳《ば》せにプラットホームから駈け降りて来るようであるが、しかしまだ四五町の距離があるから、私の顔を見知られる心配はない。
 私は靴の踵に粘り付いた女の血を、蓬《よもぎ》の葉で拭いながら悠々と立ち上った。はるか向うの青田の中に落ちたパラソルを見かえりもせずに、今しがた女が伝って来た畦道の、下駄の痕《あと》を踏み付け踏み付け、平気な顔で工学部の前に引返した。みるみる殖《ふ》えて行く、線路の上の人だかりを横眼に見ながら、手近い法文科の門を潜って、生徒がウロウロしている地下室を通り抜けて、人通りのすくない海門戸《かいもんど》に出ると、やっと上衣を脱いで汗を拭いた。ここまで来れば、もう捕まる心配は無いからである。ついでに腕時計を見るとチョウド十時半であった。
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 ……夕刊の締切りまでアト二時間半キッカリ……その中《うち》で記事を書く時間をザット一時間と見ると……質屋にまわり込む時間は先ずあるまい……プラチナの腕時計がチットおかしいとは思うけれど……。
 ……色魔の早川や、黒幕の姉歯《あねば》にも会わない方が上策だろう……わざわざ泣き付かれに行くようなもんだからナ……。一つ抜き討ちを喰《くら》わして驚かしてくれよう……。
 ……帰り着くまで降り出さなけあいいが……。
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