はい。昔の中等です。御老体にコタえると不可《いけ》ませんから……」
「馬鹿ッ」
 という大喝が下等待合室を、地雷火のように驚かした。
「馬鹿ッ。アンタは、まだ若いのに何という不心得な人かいな。吾々のような人間が、国家に何の功労があれば中等に乗るかいな。下等でも勿体ない位じゃ。戻いて来なさい。馬鹿ナッ」
 と云ううちに青竹の杖が、今にも筆者の坊主頭に飛んで来そうな身構えをした。……飛んでもない国士のお供を仰付けられた……と思い思い大勢の下等客の視線を浴びながら、買換えに出て行った時の、筆者の器量の悪かったこと……。
 それから予定の通り下等の急行列車に乗込むと、又驚いた。
 ちょうど二人分の席が空《す》いていたので、窓際の席を翁にすすめると翁は青竹の杖を突張って動かない。
「イヤイヤ。アンタ窓の処へ行きなさい。わしは年寄で、夜中に何度も小便に行かねばならぬけにウルサイ」
 どちらがウルサイのかわからない。云うがままに窓の前に席を取ると又々驚いた。
 筆者に尻を向けて、ドッコイショと中央の通路向きに腰を卸《おろ》した翁は、袂《たもと》から一本の新しい日本|蝋燭《ろうそく》を出して、マッチで
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