来たものであったが、それでは持って生れた彼一流の正義観が承知しなかった。
「演説はともかく、板垣という男の至誠には動かされたよ、この男の云う事なら間違うてもよい。加勢してやろうという気になった」
 と後年の奈良原到翁は述懐した。
 玄洋社が板垣の民権論に加勢するに決した事がわかると当時の藩閥政府はイヨイヨ震駭《しんがい》した。玄洋社と愛国社に向って現今の共産党以上の苛烈な圧迫を加えたものであったが、これに対して愛国社が言論に、玄洋社が腕力に堂々と相並んで如何に眼醒《めざま》しい反抗を試みたかは天下周知の事実だからここには喋々《ちょうちょう》しない事にする。
「結局。自由民権のあらわれである自治政治と議会政治は、板垣の赤誠《せきせい》を裏切って日本を腐敗堕落させた。日本人は自治権を持つ資格のない程に下等な民族であることを現実の通りに暴露したに過ぎなかったが、これに反して板垣の人格はイヨイヨ光って来るばかりである。昨日《きのう》、久し振りに板垣と会うて来たが昔の通りに立派な男で、手を握り合うて喜んでくれた。耳が遠くなって困ると云いおったがワシが持って生れた破鐘声《われがねごえ》で話すと、よ
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