世話にでもなりとうなるものじゃ。藩閥の犬畜生にでも頭を下げに行かねば遣り切れんようになるものじゃが、そげな時に、あの月と霜に冴え渡った爽快な声を思い出すと、腸《はらわた》がグルグルグルとデングリ返って来る。何もかも要らん『行くぞオ』という気もちになる。貧乏が愉快になって来る。先生……先生と思うてなあ……」
 と云ううちに奈良原翁の巨大な両眼から、熱い涙がポタポタと滾《こぼ》れ落ちるのを筆者は見た。
 奈良原到少年の腸《はらわた》は、武部先生の「行くぞオーオ」を聞いて以来、死ぬが死ぬまで腐らなかった。

       (下)

 月明の霜朝に、自分等に代って断頭場に向った大先輩、武部小四郎先生の壮烈を極めた大音声《だいおんじょう》、
「行くぞオーオ」
 を聞いて以来、奈良原到少年の腸《はらわた》は死ぬが死ぬまで腐らなかった。
 その後、天下の国士を以て任ずる玄洋社の連中は、普通の人民と同様に衣食のために駈廻らず、同時に五斗米に膝を屈しないために、自給自足の生活をすべく、豪傑知事|安場保和《やすばやすかず》から福岡市の対岸に方《あた》る向い浜(今の西|戸崎《とざき》附近)の松原の官林を貰っ
前へ 次へ
全180ページ中73ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング