作ってくれんか。親友の好誼《よしみ》に一つ頒《わ》けてくれい。何も詠まんで死ぬと体裁が悪いけになあ。貴公が作ってくれた辞世なら意味はわからんでも信用出来るけになあ。一つ上等のヤツを頒けてくれい。是非頼むぞ」
 流石《さすが》の豪傑、奈良原少年も、この時には松浦少年の無学さが可哀そうなような可笑《おか》しいようで、胸が一パイになって、暫くの間返事が出来なかったという。

 一方に盟主、武部小四郎は事敗れるや否や巧みに追捕の網を潜《くぐ》って逃れた。香椎《かしい》なぞでは泊っている宿へイキナリ踏込まれたので、すぐに脇差を取って懐中に突込み、裏口に在った笊《ざる》を拾って海岸に出て、汐干狩の連中に紛れ込むなぞという際どい落付を見せて、とうとう大分まで逃げ延びた。ここまで来れば大丈夫。モウ一足で目指す薩摩の国境という処まで来ていたが、そこで思いもかけぬ福岡の健児社の少年連が無法にも投獄拷問されているという事実を風聞すると天を仰いで浩嘆《こうたん》した。万事休すというので直《ただち》に踵《きびす》を返した。幾重《いくえ》にも張廻《はりま》わしてある厳重を極めた警戒網を次から次に大手を振って突破し
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