いてみれば直ぐにわかる事である。遠く元弘三年の昔、九州随一の勤王家菊池武時は、逆臣北条探題、少弐《しょうに》大友等三千の大軍を一戦に蹴散《けち》らかさんと、手勢百五十騎を提《ひっさ》げて、この櫛田神社の社前を横切った。ところがこの戦いは菊池軍に不利であることを示し給う神慮のために、武時の乗馬が鳥居の前で俄《にわ》かに四足を突張って後退し始めた。すると焦燥《あせ》りに焦燥っている菊池武時は憤然として馬上のまま弓に鏑矢《かぶらや》を番《つが》えた。
「この神様は牛か馬か。皇室のために決戦に行く俺の心がわからんのか。
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武士《もののふ》のうわ矢のかぶら一すぢに
   思ひ切るとは神は知らずや」
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 と吟ずるや否や神殿の扉に発矢《はっし》とばかり二本の矢を射かけた。トタンに馬が馳け出したのでそのまま戦場に向ったが、もしこの時に武時が馬から降りて、神前に幸運を祈ったならば、彼は戦いに勝ったであろうものを、斯様《かよう》な無礼を働らいて神慮を無視したために勤王の義兵でありながら一敗地に塗《まみ》れた……』
 衣冠束帯の神主が得意然とここまで喋舌《しゃべ
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