キーが辷《すべ》ったの、女学生のキミ・ボクが転んだの候《そうろう》といったって断然ダンチの時代遅れである。時は血腥《ちなまぐさ》い維新時代である。おまけに皺苦茶の婆さんだからたまらない。
わが奈良原到少年はその腕白盛りをこの尖端婆さんの鞭撻下にヒレ伏して暮した。そのほか当時の福岡でも持て余され気味の豪傑青少年は皆この人参畑に預けられて、このシュル・モダン婆さんの時世に対する炬《かがりび》の如き観察眼と、その達人的な威光の前にタタキ伏せられたものだという。
その当時の記憶を奈良原到翁に語らしめよ。
「人参畑の婆さんの処にゴロゴロしている書生どもは皆、順繰りに掃除や、飯爨《めしたき》や、買物のお使いに遣られた。しかし自分《わし》はまだ子供で飯が爨《た》けんじゃったけにイツモ走り使いに逐《お》いまわされたものじゃったが、その当時から婆さんの門下というと、福岡の町は皆ビクビクして恐ろしがっておった。
自分《わし》の同門に松浦|愚《おろか》という少年が居った。こいつは学問は一向|出来《でけ》ん奴じゃったが、名前の通り愚直一点張りで、勤王の大義だけはチャント心得ておった。この松浦愚と自分《わ
前へ
次へ
全180ページ中56ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング