ところを明白に認める事が出来る。
すなわち翁の行動には智力を用いた形跡がない。何でも行きなりバッタリの無造作、無鉄砲を以《もっ》て押通して行くところに、翁の真面目《しんめんもく》が溢るるばかりに流露している。そうしてその真面目が、日常茶飯事に対しては意表に出づる逸話となり、国事に触れては鉄壁を砕く狂瀾怒濤となって行くもののようである。
蛇《じゃ》は寸《すん》にして蛇《へび》を呑む。翁が十歳ばかりの年の冬に家人から十銭玉を一個握らせられて、蒟蒻《こんにゃく》買いに遣《や》られた。その頃の蒟蒻は一個二厘、三厘の時代であったから、定めし十個か二十個買って来いという家人の註文であったろう。
ところが十幾歳の頭山満は蒟蒻屋の店先に立つと黙って十銭玉を一個投出したので、店の主人は驚いた。
「これだけミンナ蒟蒻をば買いなさるとな」
翁は簡単にうなずいた。
蒟蒻屋の主人は蒟蒻を山のように数えて、翁の前に持って来た。
「容れ物をば出しなさい」
翁はやはりだまって襟元《えりもと》を寛《くつろ》げた。ここへ入れよという風に、うつむいて見せた。そうして主人が驚いて見ているうちに、氷よりも冷たい蒟蒻
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