じゃ。その後、宮川は牛乳屋をやっておったが、まだ元気で居るかのう。俺に弁護士になれと云うた奴は彼奴《あいつ》一人じゃ」
 又或時傍の骨格逞しい眼付きの凄い老人に筆者を引合わせて曰く、
「この男は加波山《かばさん》事件の生残りじゃ。今でも、良《え》え荷物(国事犯的仕事。もしくは暗殺相手の意)があれば直ぐに引っ担いで行く男じゃ」

「西郷南洲の旧宅を訪うたところが、川口|雪蓬《せつほう》という有名な八釜《やかま》し屋の爺《おやじ》が居った。ドケナ(如何なる)名士が来ても頭ゴナシに叱り飛ばして追い返すという話じゃったが、俺は南洲の遺愛の机の上に在る大塩平八郎の洗心洞※[#「答+りっとう」、第4水準2−3−29]記《せんしんどうさつき》を引っ掴んで懐中《ふところ》に入れて来た。それは南洲が自身で朱筆を入れた珍らしいものじゃったが、その爺《おやじ》が鬼のようになって飛びかかって来る奴を、グッと睨み付けてサッサと持って来た。それから俺は日本廻国をはじめて越後まで行くうちに、とうとうその本を読み終ったので、叮嚀《ていねい》に礼を云うて送り返しておいたが、ちょっと面白い本じゃったよ」

 これ程の豪傑
前へ 次へ
全180ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング