てんぐ》の面《めん》か。アハハハハ。鶴亀鶴亀」
以て当時の光景を察すべしである。
而《しか》も、こうした儀式が済んだ後《のち》牧師等が引上げると、一座が急にシーンとなった。後には可憐な母親と娘が仁三郎の枕許に坐ってシクシクと泣くばかりになった。
その時に湊屋仁三郎は、ホンの少しばかり腫れぼったい目を開いて、左右を見た。下座に居流れていた市場連中を見て、泣くようにシカめた顔で笑って見せた。
「何チウ妙なモンヤ」
一同が腹をかかえて笑い転げたというが、そうしたサ中にも仁三郎一流のヒョウキンな批判を忘れないところが正に古今独歩と云うべきであろう。
ところが話は、未だ済んでいない。仁三郎の珍最期はこれからである。しかも、仁三郎が完全に呼吸《いき》を引取ったアトの事で、御本尊の仁三郎のお陀仏自身にすら思い付かない……しかも仁三郎一流の専売特許式珍劇がオッ初まって、オール博多の人口に膾炙《かいしゃ》する事になったのだから痛快中の痛快事である。
その仁三郎が係医《かかりい》の予言の通り結婚後キッチリ十日目に死んだ。
もちろんその時には、何の変哲もなかった。一同が眼をしばたたいて快人篠
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