あまり云いたくない。しかし何故に維新後に筑前閥が出来なかったか……という真相を明らかにするためには、どうしても左《さ》の二つの事実を挙げなければならぬ事を遺憾とする。
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一、当時の藩公が優柔不断であった事。
二、黒田藩士が上下を問わず人情に篤《あつ》く、従って藩公に対する忠志が、他藩の藩士以上に潔白であった事。
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ところでここで今一つ、了解しておいてもらわねばならぬ事は、昔の各藩の藩士が日本の国体を知らなかった……換言すれば昔の武士というものは、自分の藩主以外に主君というものは認識していなかった事である。
これは誠に怪《け》しからぬ事で、今の人には到底考えられない、同時にあまり知られていない大きな事実で、同時に時節柄、御同様まことに不愉快な史実ででもあり得るのであるが、しかしこの史実を認識しないで明治維新の歴史を読んでいると飛んでもない錯覚に陥る事がある。すくなくとも王政維新なる標語を各藩に徹底させるのが、どうして、あんなに骨が折れたのかと不思議の感に打たれるので、黒田藩では特にこうした傾向が甚しかった事が窺われる
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