宿に帰って来ると泣面《なきつら》に蜂という文句通りに、大惣が大熱を出いて、煎餅布団をハネ除《の》けハネ除《の》け苦しがる。今で云う急性肺炎じゃったろうと人は云いますが、お医者に見せる銭《ぜに》なぞ一文も在りませんけに、濡手拭《ぬれてのごい》で冷やいてやるばっかり。そのうちに大惣がクタビレて来たらしく、気味《きび》の悪いくらい静かになって来た。半分開いた眼が硝子《ビイドロ》のゴト光って、頬ベタが古新聞のゴト折れ曲って、唇の周囲《ぐるり》が青黒う変《な》って、水を遣っても口を塞ぎます。洗濯板のようになった肋骨《あばらぼね》を露出《こっくりだ》いてヒョックリヒョックリと呼吸《いき》をするアンバイが、どうやら尋常事《ただごと》じゃないように思われて来ました。
そのうちに夜が更けて二時か三時頃になります。背後《うしろ》の山手《やまのて》でお寺の鐘が、陰に籠ってゴオオ――ンンと来ますと、私は、もうイカンと思いました。スヤスヤ寝入っとる大惣を揺り起いて耳に口を寄せました。
『……大惣……大惣……』
大惣が返事の代りに私の顔をジイット見ます。
『貴様はモウ詰まらんぞ』
何度も何度も大惣が合点合点
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