。元来、西洋人が日本へ耶蘇教を持込んだのは日本人を去勢する目的じゃった。それじゃけに本家本元の耶蘇からして去勢して来たものじゃ。徳川初期の耶蘇教禁止令は、日本人の睾丸《きんたま》、保存令じゃという事を忘れちゃイカン」
 筆者はイヨイヨ驚いた。下等列車の中《うち》で殺人英傑、奈良原到翁から基督教と睾丸《きんたま》の講釈を聞くという事は、一生の思い出と気が付いたのでスッカリ眼が冴えてしまった。
 奈良原到翁の逸話はまだイクラでもある。筆者自身が酔うた翁に抜刀で追《おっ》かけられた話。その刀をアトで翁から拝領した話など数限《かずかぎり》もないが、右の通、翁の性格を最適切にあらわしているものだけを挙げてアトは略する。
 因《ちなみ》に奈良原翁は嘗て明治流血史というものを書いて出版した事があるという。これはこの頃聞いた初耳の話であるが、一度見たいものである。
 次は江戸ッ子のお手本、花川戸助六《はなかわどすけろく》、幡随院長兵衛《ばんずいいんちょうべえ》に対照してヒケを取らない博多ッ子のお手本、故、篠崎|仁三郎《にさぶろう》君を御紹介する。
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   篠崎仁三郎



     
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