では冬になると仕様がないけに毎日毎日聖書を読んだものじゃが、良《え》え本じゃのう聖書は……アンタは読んだ事があるかの……」
「あります……馬太《マタイ》伝と約翰《ヨハネ》伝の初めの方ぐらいのものです」
「わしは全部、数十回読んだのう。今の若い者は皆、聖書を読むがええ。あれ位、面白い本はない」
「第一高等学校では百人居る中で恋愛小説を読む者が五十人、聖書を読む者が五人、仏教の本を読む者が二人、論語を読む者が一人居ればいい方だそうです」
「恋愛小説を読む奴は直ぐに実行するじゃろう。ところが聖書を読む奴で断食をする奴は一匹も居るまい」
「アハハ。それあそうです。ナカナカ貴方は通人ですなあ」
「ワシは通人じゃない。頭山や杉山はワシよりも遥かに通人じゃ。恋愛小説なぞいうものは見向きもせぬのに読んだ奴等が足下にも及ばぬ大通人じゃよ」
「アハハ。これあ驚いた」
「キリストは豪《えら》い奴じゃのう。あの腐敗、堕落したユダヤ人の中で、あれだけの思い切った事をズバリズバリ云いよったところが豪い。人|触《ふ》るれば人を斬り、馬|触《ふ》るれば馬を斬るじゃ、日本に生れても高山彦九郎ぐらいのネウチはある男じゃ」
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