うのを楽しみにイクラでも不始末を仕出かす事になる。結局、そんな世話を続行するのは日本亡国の原因を作るようなものだとつくづくこの頃思い当ったせいでもあるんだがね」

 こうして縷述《るじゅつ》して来ると彼の法螺の底力は殆んど底止《ていし》するところを知らない。
「自ら王将を以て任ずる奴は天下に掃き棄てる程居る。金将たり、銀将たり、飛車角、桂香を以て自ら任じつつ飯喰い種にして行く者が滔々として皆|然《しか》りであるが、その飯喰い種を皆棄てて、将棋盤の外にいて将棋を指している奴は、なかなか居るものでない。だから世間の事が行き詰まるんだ。あぶなくて見ていられなくなるんだ」
 という、頭山満以上の超凡超聖的彼自身の自負的心境を、そっくりそのまま認めてやらなければならなくなって来るのであるが、彼とても人間である。時と場合によっては平凡人以下の血もあり涙もあるばかりでない。彼の手に合わない人物も多少は出現して来るのだから面白い。
 頭山満曰く、
「杉山みたような頭の人間が又と二人居るものでない。彼奴《きゃつ》は玄洋社と別行動を執《と》って来た人間じゃが、この間久し振りに合うた時には俺の事を頭山先生と云いおった。ところがその次に会うた時は『頭山さん』とさん付けにして一段格を落しおったから、感心して見ていると、三度目に会うた時は頭山君と云うて又一段調子を下げおった。今に俺を呼び棄ての小僧扱いにしおるじゃろうと思うて楽しみにして待っとる」
 これは杉山法螺丸の一番痛いところに軽く触れた言葉で、実に評し得て妙と云うよりほかはない。
 又或る時、杉山法螺丸が何かのお礼の意味か何かで、頭山満に千円以上もする銘刀を一口《ひとふり》贈った事がある。無論、飛切り上等の拵附《こしらえつ》きで、刀剣道楽の大立物其日庵主が大自慢のシロモノであったが、その後《のち》、法螺丸が頭山満を訪問して、
「どうだ。あの刀は気に入ったか」
 と云うと頭山満ニッコリして曰く、
「うむ。あれはええ刀じゃった。質屋に持って行ったら三十円貸したぞ。又あったら持って来てくれい」
 其日庵主もこれには少々驚いたらしい。帰って来て曰く、
「モウ頭山に物は遣らぬ。あいつの伜に遣った方がええ」

 法螺丸には男の児が一人しか居ない。これが親仁《おやじ》とは大違いの不肖の子で、
「俺みたいな人間になる事はならぬぞ」
 という訓戒を文字通りに固く守って、托鉢坊主になったり、謡曲の師匠になったり又は三文文士になったりして文字通りに路頭に迷いそうなので、親仁も呆れて、感心な奴だと賞めながら月給を支給している。
「俺の伜は実に呆れた奴だ。小説を出版してくれと云うから読んでやると、最初の一二行読むうちに、何の事やらわからなくなる。屁《へ》のような事ばかりを一生懸命に書き立てているのでウンザリしてしまう。たまたま俺にわかりそうな処を読んでみるとツイこの間、ヒドク叱り付けてやった俺の云い草をチャント記憶《おぼえ》ていやがって、そっくりその通りを小説の中味に採用していやがるのには呆れ返った。娘を売って喰う親は居るが、親を売って喰う伜が居るもんじゃない。一生涯あの伜だけは叱らない事にきめた」
 因《ちなみ》に、その伜の筆名《ペンネーム》は夢野久作という。親父の法螺丸が山のように借銭を残して死んでやろうと思っているとは夢にも知らずに、九州の香椎《かしい》の山奥で、妻子五人を抱えて天然を楽しんでいる。焼野の雉子《きぎす》、夜の鶴。この愚息なぞも法螺丸にとっては、頭山満と肩を並べる程度の苦手かも知れない。
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   奈良原到



       (上)

 前掲の頭山、杉山両氏が、あまりにも有名なのに反して、両氏の親友で両氏以上の快人であった故奈良原|到《いたる》翁があまりにも有名でないのは悲しい事実である。のみならず同翁の死後と雖《いえど》も、同翁の生涯を誹謗《ひぼう》し、侮蔑する人々が尠《すくな》くないのは、更に更に情ない事実である。
 奈良原到翁はその極端な清廉潔白と、過激に近い直情径行が世に容《い》れられず、明治以後の現金主義な社会の生存競争場裡に忘却されて、窮死《きゅうし》した志士である。つまり戦国時代と同様に滅亡した英雄の歴史は悪態《あしざま》に書かれる。劣敗者の死屍《しかばね》は土足にかけられ、唾《つばき》せられても致方《いたしかた》がないように考えられているようであるが、しかし斯様《かよう》な人情の反覆の流行している現代は恥ずべき現代ではあるまいか。
 これは筆者が故奈良原翁と特別に懇意であったから云うのではない。又は筆者の偏屈から云うのでもない。
 志士としては成功、不成功なぞは徹頭徹尾問題にしていなかった翁の、徹底的に清廉、明快であった生涯に対して、今すこし幅広い寛容と、今すこし人間味
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