てるのと債券を買うのと同じ事に心得ているんだから遣り切れない。そこで就職出来ないとなると世の中が悪いと云って俺の処へ訴えに来る。俺が世の中じゃなし、知った限りではないんだが、そんな連中もたしかに世の中の一部分で、所謂大衆に相違ないんだから仕方なしに俺の責任みたような顔をして文句を聞いてやるんだ。高利貸は又高利貸で、勝手に俺の印形《いんぎょう》を信用して、手前一存の条件を附けて貸しやがった連中だ。中には一面識もない奴の借銭も混っているんだが、俺が議会に命じて作らせた法律というものを楯に取って来るから仕方ない。日歩《ひぶ》五銭ぐらいを呉れるつもりで会ってやるんだ。その次が大臣病患者、政権利権の脾胃虚病《ひいきょや》み、人格屋の私生児の後始末、名家名門の次男三男の女出入りの尻拭い、ボテレン芸者の身上相談、鼻垂れ小僧と寝小便娘の橋渡しに到るまで、アラユル社会の難物ばかりが、ハキダメみたいに杉山博士の診察、投薬を仰ぎに来る。しかもどの患者もどの患者も方々の名医の処を持ってまわって、コジラかした上にもコジラかした救うべからざる鼻ポンや骨がらみばかりがウヨウヨたかって来るんだから敵《かな》わない。
もっともそういうこっちもお上《かみ》に鑑札を願っている専門医じゃないのだから、診察料や薬礼は一切取らない。その代りに万一助からなくたって責任は無い。殺すつもりで生かしたり、生かすつもりで殺したりする事も珍らしくないんだが、毛頭怨まれる筋はないんだから呑気な商売だ。ともかくも会ってやって、ともかくも病状を聞いてやる。金が有れば払ってやる。面識がある奴には紹介してやる。信用があれば小切手でも何でも書いてやる。それでも方法の附かない難物は、考えておいてやるから明日来いと云って一先《ひとま》ず追っ払っておく。むろん明日来たって明後日《あさって》来たって成算の立ちっこない難物ばかりだが、アトは野となれ山となれだ。その日一日を送りさえすればいいのだから、他人の迷惑になろうが、後《あと》になって大事件になることが、わかり切っていようが構わない。盲目滅法《めくらめっぽう》に押しまくってその日一日を暮らす。それから妻子《つまこ》や書生の御機嫌取りだが、これも生きている利子と思えば何でもない。好きな小説本か何か読んで何も考えずに寝てしまう。
サテ翌る朝になったと見えて雀の声がする。パッチリと眼を開くとサア今日こそは大変な日だぞ。昨日《きのう》の尻は勿論の事、一昨日《おととい》、再昨日《さきおととい》……昨年、一昨年の尻が一時に固まって来る日だぞと覚悟して待っているとサア来るわ来るわ。あらん限りのヨタや出鱈目《でたらめ》を並べたり、恩人を裏切ったり、正直者を欺《だま》したりした方法でもって押し送って来た過去の罪業が、一時に鬨《とき》の声をあげて押しかけて来る。貴様が教えた通りに喋《しゃべ》ったら議会の空気が悪化して解散になりそうになった。万一解散になったら俺は一文も運動費が無いとあれほど云っておいたではないか、という代議士や、貴方のお世話で娘を嫁に遣ったら相手は梅毒の第三期だったと大声をあげて泣く母親や、先生から貰った小切手は銀行で支払いませんというのや、貴方の紹介状に限って大臣は会わないと云います。其日庵の紹介には懲《こ》り懲《ご》りだという話です。お蔭で会社が潰れて二百名の職工が路頭に迷いますというのや、貴方の乾分の弁護士の御蔭で三年の懲役が五年になりました。そのお礼を申上げに来ましたという紋々《もんもん》倶利迦羅《くりから》なんどが、眼の色を変えて三等急行の改札口みたいに押かけて来る。地獄に俺みたいな仏様が居るか居ないか知らないが、居るとしたら読むお経は一行も無いね。空気が在るから仕方なしに生きている。生きているから腹が減るのは止むを得ないという連中ばかりが、元来持って行き処のない尻を俺の処へ持って来るんだ。まあまあ待ったり、君等は自分の用事さえ済めば、アトは俺が死んでも構わない了簡《りょうけん》だろう。自分の尻を他人に拭いてもらう奴を小児《こども》といい、自分の垂れ物を自分で片付ける奴を大人という。君は元来大人なのか小供なのか。前をまくって見せろ……とか何とか云って追っ払ってしまうが、その手の利かない奴は、仕方がないから前に倍した手酷い手段で押し片付けて行く。明日の事は考えない。きょうさえ片付けばいいという方針だから、何を持って来たって驚かないんだ。
尤《もっと》もこの頃は年を老《と》ったせいか、人に会うのと、字を書くのが大儀になった。心臓にコタエて息が切れたり脈が結滞《けったい》したりするから、面会と字書きを御免蒙っている。一方から云うと、そんな自分の尻を持て余しているような連中の尻をイクラ拭いてやったって相手は当り前だと心得ている。俺に尻を拭いてもら
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