ているか判然《わか》りませんでしたが、イヨイヨ押詰まった師走《しわす》の二十日頃にこの男の処へ身の上相談に行きますと、相変らず煤《すす》け返った面《つら》で古道具の中に座っておりましたが、私の顔をジイッと見ながら、黙って左の掌《て》を出せと申します。何を云うかわからん、気味《きび》の悪いところがこの男のネウチで、啣《くわ》え煙管《ぎせる》のまま私の掌《てのひら》を見ておりましたが、
『これはナカナカ運のいい手相じゃ。長崎へ行けばキット運が開けると手筋に書いてある』
 と云います。私は呆れました。
『馬鹿|吐《こ》け。長崎へ行く旅費がある位なら貴様の処へ相談に来はせぬ』
『まあ待て。そこが貴様の運のええところじゃ。運気のお神様は貴様の来るのを待って御座った』
 と云ううちにチョット出て行きますと、瞬く間に五十両の金を作って来たのには驚きました。
『実は俺も生れてから四十五年、ここへ坐っ居《と》ったが、イヨイヨこの家《うち》へ居ると四十六の年が取れん位、借金の下積《したづみ》になっとる。ちょうど女房と子供が、実家《さと》の餅搗《もちつき》の加勢に行《い》とるけに、この店をば慾しがっとる奴の処へ行《い》て委任状と引換えに五十両貰うて来た。序《ついで》に俺のバクチの弟子で女房の弟《おとと》に当るチットばかり耳の遠い常吉《つんしゅう》という奴も、長崎へ行きたがっとるけに、今寄って誘うて来た。三人連れで長崎へ行《い》て一旗揚げてみよう。異人相手の古道具《ふるもの》は儲かる理窟を知っとるけに、大船に乗った気で随《つ》いて来い』
 と云います。日本一アブナイ運の神様ですが、迷うておりました私は大喜びで、そこへボンヤリ這入って来た、今の話のツン州という若者《わかて》と三人で久し振りに前祝を一パイ遣って、夜汽車に乗って長崎へ来ました。

 ところで途中、湯町にも武雄(いずれも女の居る温泉場)にも引っかからず長崎へ着いて、稲佐《いなさ》という処の木賃宿へ着いた迄は上出来でしたが、その頃の五十両というと今の五百円ぐらいには掛合いましたもので、三人とも長崎見物の途中から丸山の遊廓に引っかかって、チョットのつもりがツイ長くなり、毎日毎日チャンチャンチャンチャンと花魁船《おいらんぶね》を流している中《うち》に五十両の金が、溝鼠《すいどうねずみ》のように逃げ散らかってしもうた。仕方なしにモトの木賃宿に帰って来ると泣面《なきつら》に蜂という文句通りに、大惣が大熱を出いて、煎餅布団をハネ除《の》けハネ除《の》け苦しがる。今で云う急性肺炎じゃったろうと人は云いますが、お医者に見せる銭《ぜに》なぞ一文も在りませんけに、濡手拭《ぬれてのごい》で冷やいてやるばっかり。そのうちに大惣がクタビレて来たらしく、気味《きび》の悪いくらい静かになって来た。半分開いた眼が硝子《ビイドロ》のゴト光って、頬ベタが古新聞のゴト折れ曲って、唇の周囲《ぐるり》が青黒う変《な》って、水を遣っても口を塞ぎます。洗濯板のようになった肋骨《あばらぼね》を露出《こっくりだ》いてヒョックリヒョックリと呼吸《いき》をするアンバイが、どうやら尋常事《ただごと》じゃないように思われて来ました。
 そのうちに夜が更けて二時か三時頃になります。背後《うしろ》の山手《やまのて》でお寺の鐘が、陰に籠ってゴオオ――ンンと来ますと、私は、もうイカンと思いました。スヤスヤ寝入っとる大惣を揺り起いて耳に口を寄せました。
『……大惣……大惣……』
 大惣が返事の代りに私の顔をジイット見ます。
『貴様はモウ詰まらんぞ』
 何度も何度も大惣が合点合点しました。涙を一パイ溜めております。
『……イロイロ……セワニ……ナッタ……』
『ウム。そげな事あドウデモよかバッテン、イッソ死ぬなら俺へ形見ば遣らんか』
 大惣は寝たまま天井をジイッと見した。
『……シネバ……シネバ……何モイラン……何デモ遣ルガ……何モナイゾ……』
『ホンナ事に呉れるか』
『……ウム。オレモ……ダイ……大惣じゃ』
『よし、それなら云おう。貴様が死んだなら済まんが、貴様の生胆《きも》ば呉れんか』
 大惣が天井を見たままニンガリと物凄く笑いました。
『ウム。ヤル。臓腑《ひゃくひろ》デモ……睾丸《きんたま》デモ……ナンデモ遣ル。シネバ……イラン』
『よしっ。貰うたぞ。今……生胆《きも》の買手をば連れて来るケニ、貴様あ今にも死ぬゴトうんうん呻唸《うめ》きよれや』
 大惣が今一度、物凄くニンガリしながら合点合点しました。私は直ぐに木賃宿を飛出しました。
 その頃は長崎に、支那人の生胆《いきぎも》買いがよく居りました。福岡アタリの火葬場にもよくウロウロしおりましたそうで……真夜中でも何でも六神丸の看板を見当てにしてタタキ起しますと、大抵手真似で話が通じましたもので、私は日本語の
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