ズ痒いような気持で、サテは少《ちっ》と中毒ったかナ……と思ううちに指の尖端《さき》から不自由になって来ます。立とうにも腰が抜けているし、物云おうにも声が出ん。その中《うち》に眼がボウ――ッとなって来て、これは大変《おおごと》が出来たと思うた時にはモウ横に寝ているやら、座っているやら自分でも判然《わから》んようになっております。ただ左右《りょうほう》の耳だけがハッキリ聞こえておりますので、それをタヨリに部屋の中の動静《ようす》を考えておりますところへ、聞慣れた近所の連中の声がガヤガヤと聞こえて来ます。気の早い連中で、モウ棺箱を担《いな》い込んで来ている模様です。
『馬鹿共が。又三人も死んでケツカル。ほかに喰う品物《もん》が無いじゃあるまいし』
『知らぬ菌蕈《なば》喰うて死んだ奴と鰒喰うて死んだ奴が一番、見《みっ》ともないナア』
『駐在所《ちゅうざい》にゃ届けといたか』
『ウン。警察では又かチウて笑いよった。いま警察から医師《いしゃ》が来て診察するち云いよった』
『診察するチウて脈の上った人間はドウなるもんかい』
『棺の中へ入れとけ。ドッチにしても形式《かた》ばっかりの診察じゃろうケニ』
『蓋だけせずに置けや。親兄弟が会いげに来るケニ……』
『親兄弟も喜ぼうバイ、此輩《こやつ》どもが死んだと聞いたならホッとしよろう』
『可哀相に……泣いてやる奴も居らんか……電信柱の蝉ばっかりか。ヤ……ドッコイショ……』
『重たいナア。死んだ奴は……』
『結構な死態《しによう》タイ。良《え》え了簡《きしょく》バイ。鰒に喰われよる夢でも見よろう』
『ハハハ。鰒の方が中毒《あた》ろうバイ』
『しかしこの死態《ざま》をば情婦《いろおなご》い見せたナラ、大概の奴が愛想《あいそ》尽かすばい。眼球《めんたま》をばデングリ返《がや》いて、鼻汁《はな》垂れカブって、涎流《よだく》っとる面相《つら》あドウかいナ』
『アハハハ。腐った鰒に似とる。因果|覿面《てきめん》バイ』
『オイオイ。ここは湊屋の仁三郎が長うなっとる。誰か両脚《あし》の方ば抱えやい』
『待て待て。その仁三郎は待て。今俺が胸の処《とこ》をば触《あた》って見たれあ、まだどことのう温《ぬく》い様《ごと》ある。まあだ生きとるかも知れん』
『ナニ。生きとるかも知れん。馬鹿|吐《こ》け。見てんやい。眼球ア白うなっとるし、睾丸《きんたま》も真黒う固まっとる。浅蜊《あさり》貝の腐ったゴト口開けとる奴《と》ばドウするケエ』
『まあまあ。そう云うな。一人息子じゃけに、念入れとこう』
この時ぐらい親の恩を有難いと思うた事は御座いません。親というものが無かったならこの時に私は、ほかの連中と一所に棺箱《はこ》へ入れられて、それなりけりの千秋楽になっておりました訳で……。
『その通りその通り。助けてくれい助けてくれい』
と呼ぼうにも叫ぼうにも声は出ず、手も合わせられませぬ。耳を澄まして運を天に任かせておるその恐ろしさ。エレベータの中で借金取りに出会うたようなもので……ヘエ……。
それでもお蔭様で生き上《あが》りますと又、現金なもので、折角、思い知った親の恩も何も忘れて博奕は打つ……××はする……。
……ヘエ。その××ですか。これはどうも商売の奥の手で、この手を使わぬ奴は人気が立たず。魚類《さかな》が売れません。まあ云うてみればこの奥の手を持たん奴は魚売の仲間《かず》に這入らんようなもので……ヘヘヘ。
その頃、私はまあだ問屋《とんや》の糶台《ばんだい》に座らせられません。禿頭《はげ》の親爺《おやじ》がピンピンして頑張っておりましたので……その親父《おやじ》が引いてくれた魚類《さかな》の荷籠《めご》に天秤棒《ぼおこ》を突込んで、母親《かかさん》が洗濯してくれた袢纏《はんてん》一枚、草鞋《わらじ》一足、赤褌《あかべこ》一本で、雨風を蹴破《けやぶ》ってワアッと飛出します。どこの町でも魚類売《さかなう》りは行商人《あきないにん》の花形役者《はながた》で……早乙女《あんにゃん》が採った早苗《なえ》のように頭の天頂《てっぺん》に手拭《てのごい》をチョット捲き付けて、
『ウワ――イ。ナマカイランソ(鰯の事)、ウワ――アアイイ……』
と横筋違《よこすじかい》に往来《おおかん》ば突抜けて行きます。号外と同じ事で、この触声《おらびごえ》の調子一つで売れ工合が違いますし、情婦《おなご》の出来工合が違いますケニ一生懸命の死物狂いで青天井を向いて叫《おら》びます。そこが若い者のネウチで……。
しかも呼込まれる先々が大抵レコが留守だすケニ間違いの起り放題で、又、間違うてやりますと片身《かたみ》の約束の鯖《さば》が一本で売れたりします。おかげでレコも帰って来てから美味《うま》いものが喰えるという一挙両得になるワケで……。
それでも五六軒も大
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