けんけん》安かア安かア安かア。両拳《りゃんこ》両拳両拳。うわアリァリァ安か安か安か』
と糶《せ》るうちに肩を組んで寄って来た売子の魚屋《やつ》が十|尾《コン》一円二十銭で落いたとします。その落いた魚屋《やつ》の襟印を見て帳面に『一円五十銭……茂兵衛』とか何とか私共一流の走書きに附込んだ魚《やつ》を泄《さら》うように引っ担いで走り出て行きます。払いの悪い奴なら一円七十銭にも八十銭にも附けておきますので、後で帳面を覗きに来ても一円三十銭やら二円五十銭やら読み分ける事は出来まっせん。学問のある人の書くような読み易い字で、帳面をば附けたなら私共の商売は上ったりで……。つまり何分《なんぶ》かの口銭《こうせん》を取った上に、数える時に儲ける。帳面に附ける時に又輪をかける。独博奕《ひとりばくち》の雁木鑢《がんぎやすり》という奴で行き戻り引っかかるのがこの市場商売の正体で、それでもノホホンで通って行くところが沽券《こけん》と申しますか、顔と申しますか。しかもその詐欺《インチキ》と盗人《ぬすっと》の附《つけ》景気のお蔭で、品物がドンドン捌《さば》けて行きますので、地道に行きよったら生物《なまもの》は腐ってしまいます。世の中チウものは不思議なもんだす。
……ヘエ。博多児《はかたっこ》の資格チウても別段に困難《むずか》しい資格は要りません。懲役に行かずに飯喰いよれあ、それで宜《え》え訳で……もっともこれが又、博多児の資格の中でも一番困難しい資格で御座います。ほかの資格は何でもない事で……個条書にしたなら四ツか五つ位も御座いましょうか。
◇第一個条が、十六歳にならぬ中《うち》に柳町の花魁《おいらん》を買うこと――
◇第二個条が、身代構わずに博奕を打つ事――
◇第三個条が、生命《いのち》構わずに山笠《やま》を舁《かつ》ぐ事――
◇第四個条が、出会い放題に××する事――
◇第五個条が、死ぬまで鰒《ふく》を喰う事――
◇第六個条が……まあコレ位に負けといて下さい。芸者を連れて松囃子《ドンタク》に出る事ぐらいにしといて下さい。もっともこれは私共の若い時代《じぶん》の事で、今は若い者が学校に行きますお蔭で皆、賢明《りこう》になりました故《けに》、そげな馬鹿はアトカタも無《の》うなりました。その代り人間が信用悪《つきあいにく》うなりましたが。
……ヘエ。私がその資格を通ったかと仰言《おっしゃ》るのですか。これは怪《け》しからん。通ったにも通らぬにも甲の上ダラケの優等生で……ヘエ。
十五になって高等小学校を出ると直ぐに紺飛白《こんがすり》の筒ッポを着て、母様《かかさん》の臍繰《へそくり》をば仏壇の引出から掴み出いて、柳町へ走って行きましたが、可愛がられましたなあ。『小《ちん》か哥兄《あんちゃん》小《ちん》か哥兄《あんちゃん》』ち云うと息の止まる程、花魁に抱き締められましたなあ。ハハハ。帰りがけに真鍮の指環《いびがね》をば一個《ひとつ》花魁から貰いましたが、その嬉しさというものは生れて初めてで御座いました。日本一の色男になったつもりで家《うち》へ帰っても胸がドキドキして眼の中が熱《あっ》つうなります。そこで上り框《かまち》に腰をかけて懐中《ふっくら》からその貰うた指環をば出いて、掌《てのひら》の中央《まんなか》へ乗せて、タメツ、スガメツ引っくり返《かや》いておりますと、背後《うしろ》からヌキ足さし足、覗いて見た親父《おやじ》が、大きな拳骨で私の頭をゴツウ――ンと一つ啖《く》らわせました。その拍子に大切《だいじ》な指環がどこかへ飛んで行《い》てしまいました。
私は土間へ引っくり返ってワンワン泣き出しました。何をいうにも今年十五の色男だすケに根っから他愛《どたま》がありませぬ。そこへ奥から母親《かかさん》が出て来まして、
『何事《なんごと》、泣きよるとナ』
と心配して聞きましたから、
『指環《いびがね》の無《の》うなったあ。ウワア――』
と一層、高音《たかね》を揚げて精一パいに泣出しますと、母親は私の坊主頭を撫でながら、
『ヨカヨカ。指環ぐらい其中《いんま》、買《こ》うちゃる』
と慰めてくれました。私は腹立ち紛れに、
『アンタに買うてもろうたチャ詰まらん』
と怒鳴ってメチャメチャに泣出しましたが、あん時はダイブ失恋しておりましたナア。
鰒《ふく》も、ずいぶん喰いましたなあ。
私の口から云うのも何で御座いますが、親父は市場でも相当顔の利いた禿頭《はげ》で御座いましただけに、その頃はまだ警察から禁《と》められておりましたフクを平気で自宅《うち》の副食物《ごさい》にしておりました。まあだ乳離れしたバッカリの私の口へ、雄精《しらこ》なぞを箸で挟んで入れてくれますので母親がビックリして、
『馬鹿な事ばしなさんな。年端《としは》も行かん児供《こ
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