ら豪気だろう。伊豆の下田の黒船以来、横浜、浦賀、霞が関なんて毛唐に頭ア下げっ放しの名所旧跡ばっかりに取巻かれている東京なんかザマア見やがれだ。
 もう一ペン云ってみようか。江戸ッ子が何でえ。博多には博多ッ子が居るのを知らねえか。名物の博多織までシャンとしているのが見えねえか。博多小女郎の心意気なんか江戸ッ子にゃあわかるめえ。
 日増しの魚や野菜を喰っている江戸ッ子たあ臓腑《はらわた》が違うんだ。玄海の荒海を正面に控えて「襟垢《えりあか》の附かぬ風」に吹き晒《さら》された哥兄《あんちゃん》だ。天下の城の鯱《しゃちほこ》の代りに、満蒙|露西亜《ロシア》の夕焼雲を横目に睨《にら》んで生れたんだ。下水《どぶ》の親方の隅田川に並んでいるのは糞船《くそぶね》ばっかりだろう。那珂《なか》川の白砂では博多織を漂白《さら》すんだぞ畜生……。
 芸妓《げいしゃ》を露払いにする神田のお祭りが何だ。博多の山笠舁《やまがさか》きは電信柱を突きたおすんだぞ。飛鳥《あすか》山の花見ぐらいに驚くな。博多の松囃子《ドンタク》を見ろ。町中が一軒残らず商売を休んで御馳走を並べて、全市が仮装行列《ドンタク》をやるんだ。男という男が女に化けて、女という女が男に化けて飲み放題の踊り放題の無礼講が三日も続くんだぞ。謝肉祭《カーニバル》の上を行くんだ。巡査や兵隊までが仮装《ドンタク》と間違《まちげ》えられる位、大あばれに暴れるんだぞ。そんな馬鹿騒ぎの出来る町が日本中のどこに在るか探してみろ。それでいて間違いなんか一つもないんだ。翌る日になると酔うた影も見せずにキチンと商売を初めるんだ。絹ずくめの振袖でも十両仕立ての袢纏《はんてん》でもタッタ一度で泥ダラケにして惜しい顔もせずに着棄て脱ぎ棄てだ。三味線知らぬ男が無ければ、赤い扇持たぬ娘も無い。博多は日本中の諸芸の都だ。町人のお手本の居る処だぞ。来るなら来い。臓腑《はらわた》で来い。大竹を打割って締込みにして来い……。

       ×          ×          ×

 ここに紹介する博多児《はかたっこ》の標本、篠崎仁三郎君は、博多|大浜《おおはま》の魚市場でも随一の大株、湊屋《みなとや》の大将である。近年まで生きていた評判男であるが正に名僧|仙崖《せんがい》、名娼|明月《めいげつ》と共に博多の誇りとするに足る不世出の博多ッ子の標本と云ってよかろう。但、博多語が日本の標準語でないために、その洒脱な言葉癖をスケッチしてピントを合わせる事が出来ないのが、千秋の遺憾である。
 同君の経歴や、戸籍に関する調査は面倒臭いから一切ヌキにして、イキナリ同君の真面目《しんめんもく》に接しよう。

 筆者が九州日報の記者時代、同君を博多旧魚市場に訪問して「博多ッ子の本領」なる話題について質問した時の事である。短躯肥満、童顔豊頬にして眉間に小豆《あずき》大の疣《いぼ》を印《いん》したミナト屋の大将は快然として鉢巻を取りつつ、魚鱗《うろこ》の散乱した糶台《ばんだい》に胡座《あぐら》を掻き直した。競場《せりば》で鍛い上げた胴間《どうま》声を揺すって湊屋一流の怪長広舌を揮い始めた。
「ヘエ。貴方《あなた》は新聞記者さん……ヘエ。結構な御商売だすなあ。社会の木魚タタキ。無冠の太夫……私共のような学問の無いものにゃ勤まりまっせん。この間も店の小僧に『キネマ・ファンたあ何の事かいなア』て聞かれましたけに、西洋の長唄の先生の事じゃろうて教えておきましたれア違いますそうで。キネマ・ファンちう者は日本にも居るそうで。私は又、杵屋《きねや》勘五郎が風邪引いたかと思うておりましたが……アハハハ。
 魚市場の商売ナンテいうものは学問があっちゃ出来まっせん。早よう云うてみたなら詐欺《インチキ》と盗人《ぬすと》の混血児《あいのこ》だすなあ。商売の中でも一番商売らしい商売かも知れませんが……。
 第一、生魚《しなもの》をば持って来る漁師が、漁獲高《とれだか》を数えて持って来る者は一人も居りまっせん。沖で引っかかった鯖《さば》なら鯖、小鯛《こだい》なら小鯛をば、穫れたら穫《と》れただけ船に積んでエッサアエッサアと市場の下へ漕ぎ付けます。アトは見張りの若い者か何か一人残って、櫓櫂《ろかい》を引上げてそこいらの縄暖簾《なわのれん》に飲みげに行きます。
 その舟の中の魚を数え上げるのは市場の若い者で、両手で五匹ぐらいずつ一掴みにして……ええ。シトシトシト。フタフタ。ミスミス。ヨスヨスヨスと云いおる中《うち》に、三匹か五匹ぐらいはチャンと余計に数えております。永年数え慣れておりますケン十人見張っておりましても同じ事で、〆《しめ》て千とか一万とかになった時には、二割から三割ぐらい余分に取込んでおります。
 そいつを私が糶台《ばんだい》に並べて、
『うわアリャリャリャ。拳々《
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