始めたが、卵というものはイクラ空腹でも左程沢山に啜れるものでない。十個ばかり啜る中《うち》に、二人とも硫黄臭いゲップを出すようになると、卵売りは大いに儲けるつもりで、道傍《みちばた》の枯松葉を集めて焼卵を作り、二人にすすめたので又食慾を新にした二人は、したたかに喰べた。
ところでそこまでは先ず好都合であったがアトが散々であった。そこからまだ半道も行かぬ中《うち》に二人は忽ち鶏卵中毒を起し、猛烈な腹痛と共に代る代る道傍に跼《かが》み始めたので、道が一向に捗《はかど》らない。併《しか》し強情我慢の名を惜しむ二人はここでヘタバッてなるものかと歯を噛みしめて、互いに先陣を争って行くうちに、やっと人家近い処へ来たので二人とも通りかかった小川で尻を洗い、宿屋に着くには着いたが、あまりの息苦しさに、ボーオとなって腰をかけながら肩で呼吸《いき》をしているところへ宿屋の女中が、
「イラッシャイマセ。どうぞお二階へお上りなされませ」
と云った時には階子段を見上げてホッとタメ息を吐《つ》いたという。
それからその翌日の事。二人とも朝ッパラからヘトヘトに疲れていたので、宿屋からすすめられるままに馬に乗ったら、その馬を引いた馬士《まご》が、途中の宿場で居酒屋に這入った。するとその馬が一緒に居酒屋へ這入ろうとしたので乗っていた頭山が面喰らったらしい。慌てて居酒屋の軒先に掴まって両足で馬の胴を締め上げて入れまいと争ったが、とうとう馬の方が勝って頭山が軒先にブラ下った。その時の恰好の可笑《おか》しかったこと……と奈良原翁が筆者に語って大笑いした事がある。
そのうちに高知市に近付くと眼の前に大きな山が迫って来て高知市はその真向いの山向うに在る。道路はその山の根方をグルリとまわって行くのであるが、その山を越えて一直線に行けば三分の一ぐらいの道程《みちのり》に過ぎない……と聞いた二人の心に又しても曲る事を好まぬ黒田武士の葉隠れ魂……もしくは玄洋社魂みたいなものがムズムズして来た。期せずして二人とも一直線に山を登り始めたが、その山が又、案外|嶮岨《けんそ》な絶壁だらけの山で、道なぞは無論無い。殆んど生命《いのち》がけの冒険続きでヘトヘトになって向うへ降りたが、後から考えると、たとえ四里でも五里でも山の根方をまわった方が早かったように思った……という。やはり奈良原翁の笑い話であった。
そうした玄洋
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