社の箱田|六輔《ろくすけ》氏等が落合って大事を密議している席上に、奈良原到以下十四五を頭《かしら》くらいの少年連が十六名ズラリと列席していたというのだから、その当時の密議なるものが如何に荒っぽいものであったかがわかる。密議の目的というのは薩摩の西郷さんに呼応する挙兵の時機の問題であったが、その謀議の最中に奈良原到少年が、突如として動議を提出した。
「時機なぞはいつでも宜しい。とりあえず福岡鎮台をタタキ潰せば良《え》えのでしょう。そうすれば藩内の不平士族が一時《いちどき》に武器を執《と》って集まって来ましょう」
席上諸先輩の注視が期せずして奈良原少年に集まった。少年は臆面もなく云った。
「私どもはイツモお城の石垣を登って御本丸の椋《むく》の実を喰いに行きますので、あの中の案内なら、親の家《うち》よりも良う知っております。私どもにランプの石油を一カンと火薬を下さい。私ども十六人が、皆、頭から石油を浴びて、左右の袂《たもと》に火薬を入れたまま石垣を登って番兵の眼を掠《かす》め、兵営や火薬庫に忍込《しのびこ》みます。そうして蘭法附木《マッチ》で袂に火を放って走りまわりましたならば、そこここから火事になりましょう。火薬庫も破裂しましょう。その時に上の橋と下の橋から斬り込んでおいでになったならば、土百姓や町人の兵隊共は一たまりもありますまい」
これを聞いた少年連は皆、手を拍《う》って奈良原の意見に賛成した。口々に、
「遣って下さい遣って下さい」
と連呼して詰め寄ったので並居る諸先輩は一人残らず泣かされたという。その中にも武部小四郎氏は、静かに涙を払って少年連を諫止《かんし》した。
「その志は忝《かたじけ》ないが、日本の前途はまだ暗澹たるものがある。万一吾々が失敗したならば貴公《あんた》達が、吾々の後跟《あと》を継いでこの皇国|廓清《かくせい》の任に当らねばならぬ。また万一吾々が成功して天下を執る段になっても、吾々が今の薩長土肥のような醜い政権利権の奴隷になるかならぬかという事は、ほかならぬ貴公《あんた》達に監視してもらわねばならぬ。間違うても今死ぬ事はなりませぬぞ」
今度は少年連がシクシク泣出した。皆、武部先生のために死にたいのが本望であったらしいが結局、小供たちは黙って引込んでおれというので折角の謀議から逐退《おいしりぞ》けられて終《しま》った。
かくして武部小四
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