して来た。そこで頭山先生|懐中《ふところ》から股倉へ手を突込んで探ってみると、何かしら柔らかいものがブラリと下っている。抓《つま》んで引っぱってみると、すぐにプツリと切れてしまった。股倉から手を出してみるといかにも名前の通りに白い、平べったい、サナダ紐《ひも》みたいなものが一寸ばかりブラブラしている。
見ると目の前に、見事な金|蒔絵《まきえ》をした桐の丸胴の火鉢があったので、頭山先生その丸胴の縁《ふち》に件《くだん》のサナダ虫を横たえた。進藤喜平太氏も不審に思って覗いてみたが、何やらわからないので知らん顔をしていたという。
そのうちに又、頭山先生のお尻の穴がムズムズして来たので、又手を突込んで引っぱると、今度は二寸ばかりの奴が切れ離れて来たヤツを、やはり眼の前の火鉢の縁へ、前の一片《ひときれ》と並べておいた。察するに頭山先生いい退屈|凌《しの》ぎを見付けたつもりであったろう。悠々と股倉へ手を突込んでは一寸、又二寸とサナダ虫の断片を取出して、火鉢の縁へ並べ初めた。
誰でも知っている通りサナダ虫は一|丈《じょう》も二丈もある上に、短かい節々のつながりが非常に切れ易いので、全部を引出し終るにはナカナカ時間がかかる。とうとう火鉢の周囲《まわり》へ二まわり半ほど並べたところへ、やっとの事、御大将の菊地市長が出て来た。黒|羽二重《はぶたえ》五つ紋に仙台平《せんだいひら》か何かの風采堂々と、二人を眼下に見下して、
「ヤア。お待たせしました」
と云いながら真正面の座布団に坐り込んだが、火鉢の縁へ手を載せたトタンにヒイヤリとしたので、ちょっと驚いたらしく掌《てのひら》を見ると、白い柔らかい、平べったい、豆腐の破片みたようなものが手の平へ二三枚ヘバリ付いている。嗅いでみると異様なたまらない臭いがする。菊地市長いよいよ驚いたらしく背後《うしろ》をかえりみて女中を呼んだ。
「オイオイ。この火鉢の縁の……コ……コレは何だ」
女中が真青に面喰った。ちょっと見たところ、正体がわからないし、自分が並べたおぼえがないので、返事に窮していると頭山先生が静かに口を開いた。
「それは僕の尻から出たサナダ虫をば並べたとたい」
菊地市長は「ウワアッ」と叫んで襖《ふすま》の蔭に転がり込んで行ったが、それっ切り出て来なかった。
二人は仕方なしに市長官舎を辞したが、門を出ると間もなく正直者の進藤喜平太
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