って行くんだ。金なんか気持ちの家来みたいなもんだ。コンナ話がある聞き給え。二百万や三百万の金は屁《へ》でもなくなる話だ。
 日清戦争以前の事だったが、支那の横暴を憎み、露西亜《ロシア》の東方経略を警戒した玄洋社の連中が、生命《いのち》知らずの若い連中を満蒙の野《や》に放って、恐支病と恐露病に陥っている日本の腰抜け政府を激励し、止むを得なければ玄洋社の力で戦争の火蓋を切ってやろうというので、寄ると触《さわ》ると腕を撫でたり四股を踏んだりしたもんだが、生憎《あいにく》な事に金が一文も無い。むろん頭山満も貧乏の天井を打っている時分だ。俺にも相談だけはしてくれたが、三月《みつき》縛《しば》り三割天引という東京切ってのスゴイ高利貸連を片端《かたっぱし》から泣かせて、
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かくばかりたふしても武蔵野の
  原には尽きぬ黄金草《こがねぐさ》かな
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 なんてやってた時代だから満蒙経営どころか、わが家賃を払うのすら勿体ない非常時なんだ。
 そこへ誰が聞いて来たか、ドエライ話が転がり込んで来たもんだ。その頃まだ元気で居た日本一の正直物、大井憲太郎という爺さんが、眼の色を変えて担ぎ込んだ話のようにも思うが、とにかくこんな話だ。……その頃まで北海道の砂金といったらカリフォルニヤの向う張る勢いで、しかも夕張川の上流の各支流の源泉附近は到る処、砂金ならざるなしという評判で、全国の成金病患者がワンワンと押しかけていたものだ。……ところが不思議な事に、その砂金が、本流の夕張川の下流に在る名前は忘れたが一つの大きな滝を段階として、その下流には一粒の砂金も見当らない。つまるところ、その滝壺の底にはイザナギ、イザナミの尊《みこと》以来、沈澱している砂金が、計算してみると四百億円ぐらいは在るらしい……というのだ。エライ事を考えたもんだ。
 これには流石《さすが》の頭山満もチョイト本気になったらしい。俺も貧すれば鈍するでスッカリ共鳴してしまって技師を派遣する費用の調達を引受ける事になった。つまりその滝の横に運河を掘ってその滝の上流を堰《せ》き止めて、滝壺の水を掻き干して、底の方に溜まっている四百億円の砂金をスコップで貨車へ積み込もうという曠古《こうこ》の大事業だ。その費用を調達のために俺は白真剣《しらしんけん》になって東奔西走したものだ。その頃雇っていた抱え俥《く
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