笑《おか》しかったぞ」
「うん。仁三郎の指は、平生でも大きい上に、腫れ上っとるけに指輪《いびがね》も三十五円も出いて○○の鉢巻位の奴をば作っとる。それに花嫁御の分は亦《また》、並外れて小さいけに取り換えてもアパアパどころじゃない。俺あ、それば見て考えよると可笑《おか》しゅうて可笑《おか》しゅうてビッショリ汗かいた」
「誰か知らんが、その後の御詠歌のところで大きな声でアクビしたぞ」
「あれは俺たい。あの御詠歌の文句ばっかりは判らんじゃった。恵比須《えべす》様が味噌漉《みそこし》でテンプラをば、すくうて天井へ上げようとした。死ぬる迄可愛がろうとしたバッテン天婦羅《てんぷら》が天井へ行かんちうて逃げた……なんて聞けば聞く程馬鹿らしいけに俺がそうっとアクビしたところがそいつが寝ている篠崎に伝染《うつ》って、これもそうっとアクビしたけに、俺《おら》あ良《い》い事したと思うた。病人も嘸《さぞ》アクビしたかったろうと思うてな――」
「何時間かかったろうかい」
「俺あ時計バッカリ見よった、二時間と五分かかったが、その最後《しまい》の五分間の長かった事。停車場で一時間汽車ば待っとる位長かった」
「うん。何《なん》にせい珍らしいものば見た」
「仁三郎も途方もない嬶《かか》アば持ったのう」
「仁三郎はやっぱりよう考えとるバイ。達者な内にあげな嬶アばもろうて、あげな歌バッカリ毎日毎晩歌わにゃならんちうたなら俺でも考える」
「第一魚市場の魚が腐る」
「アハハハッ……人間でも腐る。俺は聞きよる内に腰から下の方が在るか無いか判らんごとなった、生命《いのち》にゃかえられんけに引っくり返ってやろうかと何遍思うたか知れん」
「俺は袴の下に枕を敷いとったが、あのオチニの風琴の音をば聞きよる内に、自分の首が段々細うなって、水飴《みずあめ》のごとダラアと前に落ちようとするけに、元の肩の上へ引き戻し引き戻ししよったらその中《うち》に済んだけに、思わずアーメンと云うたら、涎《よだれ》がダラダラと袴へ落ちた、まあだ変な気持がする」
「ああ非道《ひど》い目に遭うた。どこかで一杯飲み直そうじゃないや」
「ウアイー賛成! 賛成! 助かりや助かりや、有難や有難や、勿体なや、サンタ・マリア……一丁テレスコ天上界。八百屋の人参、牛蒡《ごぼう》え――」
「踊るな馬鹿!」
「アーメン、ソーメン、トコロテン。スッテンテレツク天狗《
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