上機嫌で、
『最前の味噌チリ喰うたか』
と尋ねてみますと老人《としより》の躄《いざり》の非人が入口に這い出して来てペコペコ拝み上げました。
『ヘイヘイ。ありがとう様で御座ります。アナタ方も召上りましたか』
と爛《ただ》れた瞳《め》をショボショボさせました。
『ウン。喰うた。トテモ美味《うま》かったぞ』
と正直に答えますと、暫く私どもの顔を見上げておりました非人は、先刻《さいぜん》、呉れてやった味噌チリの面桶《めんつう》を筵《むしろ》の蔭から取出しました。
『ヘイ。それなら私も頂戴《いただ》きまっしょう』
とモウ一ペン面桶を拝み上げてツルツル喰い始めたのには驚きました。非人で試験《ため》してみるつもりが、正反対《ひっちゃらこっち》に非人から試験された訳で……。
これはマア一つ話ですがそげな来歴《わけ》で、後日《しまい》にはそのナメラでも満足《たんのう》せんようになって、そのナメラの中でも一番、毒の強い赤肝を雁皮《がんぴ》のように薄く切ります。それから大きな褌盥《へこだらい》に極上井戸水《まつばらみず》を一パイ張りまして、その中でその赤肝の薄切《せんまいぎ》りを両手で丸めて揉みますと、盥一面に山のごと泡が浮きます。まるで洗濯石鹸《あらいしゃぼん》を揉むようで……その水を汲み換え汲み換え泡の影が無《の》うなるまで揉みました奴の三杯酢を肴《さかな》にして一杯飲もうモノナラその美味《うま》さというものは天上界だすなあ。喰い残りを掃溜へ捨てた奴を、鶏《とり》が拾いますとコロリコロリ死んでしまいますがなあ。
……ヘエ。私は四度死んで四度とも生き返りました。四度目にはもう絶望《つまらん》ちいうて棺桶へ入れられかけた事もあります。私の兄貴分の大惣《だいそう》ナンチいう奴は棺の中でお経を聞きながらビックリして、ウウ――ンと声を揚げて助かりました位で……イエイエ。作りごとじゃ御座いまっせん。この理窟ばっかりは大学の博士《はかせ》さんでもわからん。ヘエ。西洋の小説にもそのような話がある……墓の下から生上《いきあが》った……ヘエ。それは小説だっしょうが、これは小説と違います。正直正銘シラ真剣のお話で……。
御承知か知りませんが、鰒に中毒《あた》ると何もかも痲痺《しびれ》てしもうて、一番しまい間際《がけ》に聴覚《みみ》だけが生き残ります。
最初、唇《くち》の周囲《ぐるり》がム
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