ども》が中毒《あた》って死んだならどうしなさるな』
と押止めますと、親父は眼を剥《む》いて母親《はは》を怒鳴《がみ》付けたそうです。
『……甘いこと云うな。鰒《ふく》をば喰い能《き》らんような奴は、博多の町では育ち能らんぞ。今から慣らしておかにゃ、詰まらんぞ。中毒《あた》って死ぬなら今の中《うち》じゃないか』
そげな調子で、いつから喰い初めたか判然《わか》りませんが、鰒《ふく》では随分、無茶をやりました。
最初は一番毒の少ないカナトウ鰒をば喰いましたが、だんだん免疫《なれ》て来ますと虎鰒、北枕ナンチいうものを喰わんとフク喰うたような気持になりまっせん。北枕なぞを喰うた後で、外へ出て太陽光《ひなた》に当ると、眼が眩《も》うてフラフラと足が止まらぬ位シビレます。その気持の良《え》え事というものは……。
それでもダンダンと毒に免疫《なれ》て来ると見えて、後日《しまい》には何とものうなって来ます。北枕を喰うた奴も一町内に三人や五人は居るような事でトント自慢になりまっせんケニ、一番恐ろしいナメラという奴を喰うてみました。
ナメラというのは小さい鰒で、全身《ごたい》が真黒でヌラッとした見るからに気味《きび》の悪い恰好をしておりますが大抵の鰒好《ふくくい》が『鰒は洗いよう一つで中毒《あた》らん。しかしナメラだけはそう行かん』と申します。そうかと思うと沖から来る漁夫《りょうし》なぞは『甘い事云いなさんな。ナメラが最極上《いっち》利く』と云う者も居ります。
そこで私共の放蕩《あくたれ》仲間が三四人申合わせてそのナメラを丸のままブツ切りにして味噌汁に打込んで一杯|飲《や》る事にしましたが、それでも最初はヤッパリ生命《いのち》が惜しいので、そのナメラの味噌汁をば浜外れの蒲鉾小舎《かまぼこごや》に寝ている非人に遣ってみました。
『ホラ……余り物《もん》ば遣るぞ』
と云うて蒲鉾小舎の入口に乾《ほ》いて在る面桶《めんつう》に半分ばかり入れてやりましたので、非人はシキリに押頂いておりましたが、暫くしてから行ってみますと、喰うたと見えて面桶が無い。本人もまだ生きて煙草を吸うている様子です。そこで安心して皆で喰べましたが、美味《うも》う御座いましたなあ。ソレは……トテモ良《え》え気持に酒が廻わってしまいました。
それから帰り途《しな》にその非人の処を通りかかりましたが、酔うたマギレの
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