》は帰って来なかったが、毎月二十五日の無尽講の計算の日には、そのままどこかへ行ってしまって、帰って来ないのが通例になっていたから、みんな早く寝てしまった。
 あくる朝……つまりその二十六日の朝になって、番頭と若い衆《しゅ》が、その日の中《うち》に深川の製材所から河岸《かし》に着く筈になっている樅《もみ》板の置場を見に行くと、直ぐに屍体を発見して大騒ぎになった。殺されるような心当りは一つもない……という至極アッサリした話……。
 むろんそれから家内中の者を綿密に調べてみたが、怪しい者なんか一人も居ない。女房は締り屋の堅造《かたぞう》で、一高の優等生になっている柔順《おとな》しい一人息子の長男と一緒に、裏二階で十時頃まで小説を読んでいたが、怪しい物音や叫び声なんか一度も聞かなかった。又若い番頭は、店の表二階で焼芋を買って、十時過まで猥談をやっていたので、尚更、何も聞かんという訳でね。みんな今でいう現場不在証明《アリバイ》をチャンと持っている。金兵衛は相当ケチケチした親方らしいが、それでも人使いが上手《うま》かったのだろう。怨んでいる人間なんか一人も居ないらしいのだ。
 コイツは又迷宮入りか
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