いないのかい」
愛子は丸髷に手を遣りながら淋しく笑った。
「ハイ。コンナような手紙が、よく男の方から参りますので、そのたんびに母親《おっかさん》に読んでもらっておりますが、この手紙の文句ばっかりは、わからないと母親《おっかさん》が云うもんですから……処々《ところどころ》拾い読みしてもらってもチンプンカンプンですから……ただ金兵衛さんの名前が所々《ところどころ》に書いてあって、社会主義者が死ぬっていうような事が書いてあるって云うもんですから、何だか怖くなりまして……ほかの方に読んで頂くのは剣呑《けんのん》だって母親《おっかさん》が云うもんですから、大急ぎで貴方に読んで頂きに……」
俺は思わず一|丈《じょう》ばかりの溜息を吐《つ》いたよ。滑稽な気持ちなんかミジンも感じなかったから不思議だよ。これ程の恐ろしい作用《はたらき》を現わした愛子の、何も知らないでオドオドしている近眼を暫くの間茫然と見詰めていたね。
「ふうむ。あんたはこの手紙で見ると、金兵衛さんが死ぬる一個月《ひとつき》ぐらい前に、どこかの待合で、若いお客と差しでシンミリした事があるんだね」
愛子の顔色が見る見る真青になった。
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