な気分だけでも味わいたいものだというので、古馴染《ふるなじみ》の茶店から「茶精」というものを買って飲むんです。これは今お話した富豪連が、崑崙山の麓で使い棄てた緑茶の出《だ》し殻《がら》から精製した白い粉末で、相当高価なものだそうですが、それでも我慢して、普通のお茶に交《ま》ぜて服《の》んでみると、芳香や風味は格別無い代りに、純粋のエキスですから神気の冴える事は非常なものです。毎日毎夜|打《ぶ》っ通《とお》しに眠れない。そうして、しまいには昼も夜もわからない、骨と皮ばかりの夢うつつみたいになって死んで行く奴が多い。しかも支那の事ですから、阿片と同様に取締りが絶対不可能と来ている。中には崑崙茶の味なんか知らないまま、見様見真似に「茶精」の味ばかりに耽溺《たんでき》して、アッタラ青春を萎縮させてしまう青年少女も居るといった調子ですが、今そこに寝ている支那留学生は、たしかにその一人に相違ないのです。僕がこの病院に入院して以来、注射を受けなければ絶対に眠れないようになったのは彼奴《きゃつ》のせいに相違無いです。
 ……ね。婦長さん。ですから済みませんが僕の室《へや》を換えて下さい。イエイエ。口実
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