持って来てくれるのは乳母《ばあや》だけなの。お父さんは妾が生れない前にお亡くなりになるし、お母さんも妾をお生みになると直ぐに、どこかへ行っておしまいになったんですって……。ですから妾は、その頃まで独身者で、お金を貸していた叔父《おじ》さんの手に引き取られて、その乳母《ばあや》のお乳で育ったのよ。それあいい乳母《ばあや》だったの……。
その乳母《ばあや》が、妾が小さい時に持っていた、可愛らしい裸体《はだか》のお人形さんを持って来てくれた時の嬉《うれ》しかったこと……。
……まあ。お前は今までどこに隠れていたの。お母様と一緒に遠い処へ行っていたの。よくまあ無事で帰って来てくれたのね……ってそう云って頬ずりをして泣いちゃったのよ。そうして妾は、それからというもの、毎日毎日来る日も来る日も、そのお人形さんとばっかりお話していたの。お母様のことだの、お友達のことだの、先生の事だの……それあ温柔《おとな》しい、可愛らしい、お利口な、お人形さんだったのよ。
そうしたらね。そうしたら或る夕方のことよ……。
お土蔵《くら》の鼠が、そのお人形さんのお腹を喰い破っちゃったの。そうして中から四角い、小
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