狂人は笑う
夢野久作
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)可笑《おか》しい
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)特別|誂《あつら》えの
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(例)[#改ページ]
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青ネクタイ
「ホホホホホホホ……」
だって可笑《おか》しいじゃありませんか。
……妾《わたし》はねえ。失恋の結果世を儚《はか》なみて、何度も何度も自殺しかけたんですってさあ。
いいえ。妾は知らないの。そんな事をした記憶《おぼえ》はチットも無いのよ。初めっから失恋なんかしやしないわ。第一相手がわからないじゃないの……ねえ。可笑しいでしょう。ホホホホホホ……。
それあ変なのよ。女学校を出てからというもの毎日毎日お土蔵《くら》の二階の牢屋みたいな処に閉じ込められて、一足も外へ出ちゃいけないって云い渡されていたの。何故《なぜ》だかよくわからないけど……おまけに着物も何も取上げられちゃって、妾ほんとうに極《きま》りが悪かったわ。着物を引裂いて首を縊《くく》るからですってさあ。妾はもう情なくて情なくて………。
御飯を持って来てくれるのは乳母《ばあや》だけなの。お父さんは妾が生れない前にお亡くなりになるし、お母さんも妾をお生みになると直ぐに、どこかへ行っておしまいになったんですって……。ですから妾は、その頃まで独身者で、お金を貸していた叔父《おじ》さんの手に引き取られて、その乳母《ばあや》のお乳で育ったのよ。それあいい乳母《ばあや》だったの……。
その乳母《ばあや》が、妾が小さい時に持っていた、可愛らしい裸体《はだか》のお人形さんを持って来てくれた時の嬉《うれ》しかったこと……。
……まあ。お前は今までどこに隠れていたの。お母様と一緒に遠い処へ行っていたの。よくまあ無事で帰って来てくれたのね……ってそう云って頬ずりをして泣いちゃったのよ。そうして妾は、それからというもの、毎日毎日来る日も来る日も、そのお人形さんとばっかりお話していたの。お母様のことだの、お友達のことだの、先生の事だの……それあ温柔《おとな》しい、可愛らしい、お利口な、お人形さんだったのよ。
そうしたらね。そうしたら或る夕方のことよ……。
お土蔵《くら》の鼠が、そのお人形さんのお腹を喰い破っちゃったの。そうして中から四角い、小
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