さな新聞紙の切れ端を引き出したのよ。妾がチャンと抱っこしていたのに……ええ。そうなのよ。そのお人形さんのお腹の壊れた処を新聞で貼って、その上から丈夫な日本紙で貼り固めて在《あ》ったの。それが剥《は》がれて出て来たの。大方《おおかた》鼠がその糊を喰べようと思って引き出したのでしょう。可哀そうにねえ。
妾その時ドレ位泣いたか知れやしないわ。そうしてね、余《あんま》り可哀そうですから、頂き残りの御飯粒で、モト通りに貼ってやりましょうと思った序《ついで》に、何の気も無しに、その切端《きれはし》の新聞記事を読んでみたらビックリしちゃったの。妾、今でも暗記してるわ……あんまり口惜しかったから……。
こうなのよ……。
……彼女は遂に発狂して、叔父の家の倉庫の二階に監禁《かんきん》さるるに到った。ここに於て彼女を愛していた名探偵青ネクタイ氏は憤然として起《た》ち、この事実の裏面を精探すると、驚くべき真相が暴露《ばくろ》した。すなわち強慾なる彼女の叔父は、彼女の母親の財産を横領せむがため、窃《ひそ》かに彼女の母親を殺して、地下室の壁の中に塗籠《ぬりこ》めたもので、次いでその遺産の相続者たる彼女を不法檻禁して発狂せしめ、法律上の相続不能者たらしめようとしていた確証が発見され、彼女の正気なる事が判明したので、彼女は巨万の富を相続すると同時に、青ネクタイ氏と結婚する事になった。同時に悪《にく》むべき彼女の叔父は死刑の宣告を受けて……。
……っていうのよ。ねえそうでしょう。あのお人形さんは、妾に本当の事を教えに来てくれた天使だったのよ。ねえ。そうでしょう。妾、その晩、日が暮れると直ぐに、お土蔵《くら》を脱《ぬ》け出しちゃったの……。
いいえ。お土蔵《くら》を脱け出すくらい何でもなかったのよ。妾あんまり口惜しかったから、アノお土蔵《くら》の二階の窓に嵌《は》まっていた鉄の格子《こうし》ね。あれを両手で捉まえて力一パイ引っぱってやったら、まるで飴《あめ》みたいに曲ってしまって、窓枠と一緒にボロボロッと抜けて来たのよ。キット鉄でなくて、鉛か何かだったのでしょう。何から何まで人を欺《だま》していたことが、その時に、初めてわかったわ。妾は口惜し泣きしいしい、その窓から飛び降りたのよ。
それから人に見付からないように、お縁側から這《は》い上って、奥の押入の中に在る長持と、壁の間に挟《はさま》
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