て下さい。
貴女は四川《しせん》省附近に、お茶で身代《しんだい》を無くした人間が多い事を御存じじゃ無いですか。ヘエ。それも御存じ無い。アノ附近に限られているのですからかなり有名な事実なんですが……。
エエ、そうです。随分珍妙な話なんです。酒や女で身代限りをするのなら当り前ですが、お茶の道楽で身体《からだ》を持ち崩して、破産するというのですから、馬鹿馬鹿しいのを通り越しているでしょう。トテモ支那でなくちゃ聞かれない話なんです。
御存じの通り支那人という奴は……聞えやしないでしょうね……チャンチャンという奴は、国家とか、社会とかいう観念となると全然無いと云っていい位に、個人主義的な動物ですが、その代りに私的の生活に関する、享楽《きょうらく》手段の発達している事といったら、世界一と断言していいでしょう。着物でも、住居《すまい》でも、料理でも、酒でも、香料でも……ね……御存じでしょう……エロの方面でも何でも、個人的な享楽機関と来たら、四千年の歴史を背景《バック》にしているだけに、スバラシイ尖端《せんたん》的なところまで発達を遂げているんです。
……ですからタッタ一つのお茶といったような問題に就《つ》いても、ドエライ研究が行き届いているに違い無い事が、すぐに想像されるでしょう。
全くその通りなんです。しかも日本人なんかがイクラ想像したって追付《おいつ》かない位、メチャクチャな発達を遂げているのですが、その中でも亦《また》、特別|誂《あつら》えの天下無敵の話っていうのが、この崑崙茶の一件なのです。
先ず、支那の奥地の四川《しせん》省から雲南《うんなん》、貴州《きしゅう》へかけて住んでいる大富豪の中で、お茶の風味がよくわかって、茶器とか、茶室とかの趣味に凝《こ》り固まった人間が居るとしますかね。又は酒や、女や、阿片や、賭博なんかでも、あらゆる贅沢《ぜいたく》をし尽した道楽気の強い人間が、今度は一つ、お茶の趣味に深入りしてやろうと決心したとしますかね。いいですか。そこで何でも彼《か》でも良《い》いお茶良いお茶と金に飽《あ》かして、天井《てんじょう》知らずに珍奇なお茶を手に入れては、それを自慢にして会合を催したり、ピクニックを試みたりして行くうちには、キット崑崙茶を飲みたいというところまで、お茶熱が向上して来るのです。……むろん崑崙茶といったら、お茶仲間の評判の中心で、魅
前へ
次へ
全15ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング