と、その死因すら永久に公然と発表を許されない事になってしまったのであります」
某名士氏はゆるやかにうなずきながらその男の顔を凝視していた。筆者もその男の咄々と吐き出す肺腑の声に動かされて胸が一パイになって来た。そのうちに、その男の眼が真赤になって来た。
「その自殺致しました△△には妻と男の子が三人ありまして、今申上げましたような事情で路頭に迷うておりますのを、微力ながら吾々友人が寄り集まりまして、どうにかこうにか喰えるように処置いたしましたが、ここに困りますのはその三人の子供に父の死因が知らせられない事で御座います。今でも『お父さんは、何処で、どうして死んだか』と母親や私共に代る代る尋ねるので御座いますが、皆泣くばかりで返事が出来ません。それで……その父の死にました理由がわかりますようなお言葉を、先生に一筆書いて置いて頂きましたならば……その子供たちの成長後に……」
あとは声が曇って、わからなくなった。畳の上に両手を突いて男泣きに泣くばかりであった。
某名士氏は静かに白髯を掀しながら立ち上った。次の間に毛氈と紙を展べさして、墨痕深く「安天命致忠誠」「為△△君」と書いて遣った。その
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