か」
 というような不平が相手にされない事は無論である。
 ここで双方よろしいとなると、成立料と名付け二十五六円以上三四十円位取るのであるが、そこの取り具合がなかなか手腕を要するのだそうな。
 こうした五十円内外の手数料で出来た結婚が破れ易いのは云う迄もない。男が手数料を出したとすれば、高価《たか》い、まずいオイランを買って流連《いつづけ》した気で思い切る事になる。女が出したのならば……安い情夫に入れ上げた位の気持ちであきらめるのでもあろうか。
 警視庁の人事相談に持って来るのでは、早くて一週間、長くて一年持つ位のものだそうである。尤も震災後まだ二年にはならぬが……。
 夫婦別れの人事相談を持って来るのは大抵女である。彼女等は十人が九人まで媒介所の不親切を鳴らすが、媒介所では一切責任を持たぬ。
「何も無理に押し付けたわけではありませぬ。私の方では只料金を取って便宜を計らったまでで、申込みから結婚成立まで、皆お客様の御随意に任せたまでです」
 と云う。そんなら事実はどうか。
 結婚媒介所が結婚成立料を取りたがるのは云う迄もない。そのためには随分無理な押しつけ方をする事も云う迄もない。そうしてその結果、飛んでもない喜劇や悲劇を捲き起すのも亦《また》云う迄もない事である。
 そんな例を挙げると数限りもないが、その中《うち》で最も極端な例を挙げるとこんなのがある。
 日比谷公園のバラックの中に、子供二人を持った二十七八の婦人があった。彼女は職業に就《つい》て二人の子を育てていたが、如何にも心もとない結果、五円を奮発して結婚媒介所の門を潜った。
「イヤ。それには持って来いのがあります」
 と媒介所でも揉み手をして彼女に一人の男を紹介した。
 その男は年齢四十歳位、極めて上品な、音なしい風采の男で、ちょっとよさそうであるが、只顔色があまり健康そうでなかったので、彼女は五円の会見料を納めたあと、
「とにかくも一ペン考えさして下さい」
 と云って日比谷のバラックに帰った。
 ところが驚いた事には、あくる朝になると、媒介所の男がその四十恰好の青い男を連れて彼女の居る日比谷バラックに押しかけて来た。青い男は一寸した羽織を着て袴《はかま》まで穿《は》いている。
「この辺のところでどうです。こんないい方は又とありませんよ。私の方では成立料が欲しいから云うのではありません。貴女《あなた》のおためを思って云うのです。略式ですが結婚式の調度も持って来ています。ここですぐに式をお挙げになってはどうですか。あとの手続や何かはすっかりこちらでやって上げます。どうです。善は急げです。今のところ、貴女の御注文にはまるお方《かた》はこの方しかありません」
 とか何とか媒介所の男が無茶苦茶に勧めた。
  ………連載一回分(二千字前後)欠………

     東京の犯罪地帯

 東京市中でほかの犯罪はみんな殖えているのに、殺人傷害だの、強盗だのいう荒っぽいところが枕を並べて減少しているのも面白い。
 震災後の東京は一時無警察に近い状態となって、寂寥《せきりょう》たるバラック街に強盗が盛に横行した。このままで行ったならば、日本の首都は今に大晦日《おおみそか》の北京のようになりはしまいかと思われたが、案に相違して一時の現象で済んだのは芽出度い。
 こんな風に荒っぽい犯罪が減った原因については、いろんな見方がある。第一は震災後の東京市民が一体に文化的――言葉を換えて云えば理智的に気が弱くなった事、第二には一時減少した人間がその後《ご》急に殖えて、家数が建込んだ事、第三は復興気分で下層社会の景気がよくなった事等であるが、その中でも第一の原因が最も有力であるらしい事を警視庁の統計が示している。
 すなわち「傷害」と「殺人」の原因のうち、酩酊の結果だの、痴情の果だのいうのは極めて少い。一番多いのは腹立《はらたち》紛れの傷害殺人であるが、それでも傷害が百人に対し殺人は一人弱の割合に当っている。すなわち彼等の傷害三昧が、殺すつもりは滅多にない、理智的の動機から出た脅かしの意味が多量に含まれている証拠である。
 東京の人間が温柔《おとな》しくなった、言葉を換えて云えば文化的に利口になった証拠が、今一つ前記の表の中に現われている。
 全体から云って、いろんな犯罪が無茶苦茶に殖えたのと正反対に、捕まる数が恐ろしく減ったのもその証拠と云えば云える。
 しかしこれは、東京市内の各署が若い巡査をドシドシ採用したり、震災を機として烈しい異動を行ったりしたのが影響しているとも云えるし、又住民の状態や何かに大変化を来して、今までのように捜索が楽でなくなったというような関係もあるから一概には考えられぬ。
 しかし又前記の表に依ると、東京市中で詐欺脅喝や横領がかなり増加している一方に、捕まる数が恐ろしく減った事
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