になっている。これは明らかに東京市中の震災後の人気を物語っているので、殊にそれが、震災の影響を遠ざかった大正十三年前半期中の状態であるだけに、一層の興味を惹くのである。或る署員の話に依ると、この頃の詐欺の被害者の届出は非常に早くなった。これは泥棒でも同様で、一体に出来るだけ警察を頼るようになったようである。しかし一方、逃げる手段も非常に巧妙になったので、なかなか捕えるのに骨が折れるとは、そうもありそうな事である。
 これに反して東京市中の賭博《ばくち》は非常に増加しているが、捕まる数も同様に非常に殖えている。これは下層民に金が多いのと、射倖心《しゃこうしん》が旺盛なのと、素人《しろうと》賭博が殖えたのと、家がバラックで露見し易いなぞいう原因からこうなったのである。
 序に書いておくが、震災後の東京に賭博の殖えた事は非常なものである。その中でも支那式と朝鮮式が最も多い。これはそういった労働者が多数に入り込んで宣伝した結果で、しかも労働者ばかりでなく、昨今では中流から上流まで押上って旺盛を極めている。殊に支那式の麻雀なぞいうのは、高価な道具を使うので上流社会に持《も》て囃《はや》されて、多額の金が賭けられているが、取締が非常に困難だそうである。
 次に面白い統計は、東京市内に於ける犯罪者の捕まった場所と、犯罪者の住所である。ここにその最も多い処だけを数字抜きにして掲げると、捕まった場所は亀井戸が最も多く、その次が浅草付近で、その次が外神田から巣鴨という順序である。又犯罪人が住んでいる場所は、第一番が矢張り亀井戸で、その次が南千住、巣鴨、浅草という順で、あとはズッと落ちるが坂本署、四谷署の管轄内といった順序になる。
 このような地名が醜業婦と貧民窟の名所として知られていることは云う迄もない。震災後、浅草やその他の醜業婦を一掃したと誇っている当局の統計に、こうした反証が挙がっているのは実に面白い皮肉な現象である。
 極めて大まかな眼で見ると、東京の北部、吉原と浅草を中心とする一帯の地域は、東京に於ける犯罪者の根拠地といって差支えないであろう。
 東京市中の第三階級の生活はこれ位にして、浅草と活動写真、醜業婦の現況、不良少年少女の研究に移り、この稿を終る事にしたい。



底本:「夢野久作全集2」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年6月22日第1刷発行
※底本の解題によれば、初出時の署名は「杉山萠圓《すぎやまほうえん》」です。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、「六ヶしい」は大振りに、それ以外は小振りにつくっています。
入力:柴田卓治
校正:かとうかおり
2000年4月25日公開
2006年5月3日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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