中禿《ちゅうはげ》の頭を撫で上げながら、自慢の長い鬚《ひげ》を自烈度《じれった》そうにヒネリ上げヒネリ下《さげ》した。
「フム。それで……自殺の原因は……」
「ハイ。それがで御座います……ソノ……」
 巡査部長は困惑したらしく額の汗を拭いた。
「……わかりませんので……その……僅かの隙に致しました事で……全くその……私どもが狼狽致しましたので……縄を解けば白状すると申しましたので……その……」
「ウムウム。それは聞いちょる。……問題は自殺の原因じゃ。復讐を遂げると直ぐに自殺しよった原因じゃ」
「……………………」
「死に際に何も云わんじゃったか。巡査どもは何も聞かんと云いよったが」
「私は聞きました。皆の衆。すみません……と……」
「皆の衆……その皆の衆というのは山窩の連中に云うた言《こと》じゃろう……表の群集の中に怪しい者は居らんじゃったか。様子を見届けに来たような者は……」
「ハッ。それは居らなかった筈……と雁八が申しました。お花という女は、まだ生娘《きむすめ》では御座いましたが、ナカナカのシッカリ者で、わたし一人でキット親の仇《かたき》を討って見せるけに一人も加勢に来る事はならんと云うておりましたそうで……又、誰か仲間が見ておりますれば、警察まで担《かつ》がれて参りまする中《うち》に、途中でお花を助け出します筈……」
「ウムウム。それは理屈じゃが……しかしお花は、丹波小僧が実の兄という事を、どうかして察しておりはせんじゃったかな」
「イヤ。そんな模様には見受けませんでした。御承知の通りツイ夜明け方の一時間ばかりの間の出来事で御座いますけに……丹波小僧が何もかも先手を打って物を云う間もなく猿轡を噛まして、担いで来たと申しておりましたが……実地検査の結果もその通りのようで……」
「フーム」と署長は考え込んだ。
「彼奴《あやつ》どものする事は一から十までサッパリわからん。切支丹と似たり寄ったりじゃ」
「……………」
「ウム。まあ良《え》え。それ位のところで調書を作ってくれい。自殺の原因は発狂とでもしておけ。警察の中で人を殺したのじゃからナ……ハッハッ……」
 それから署長は椅子の中で伸び伸びと大|欠伸《あくび》をした。両手を高々と天井に突き伸ばして顔を真赤にした。
「アア……アア……ッと……厄介な奴どもじゃ――」



底本:「夢野久作全集4」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年9月24日第1刷発行
初出:「オール読物」
   1934(昭和9)年12月号
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2005年9月17日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全4ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング