にならないように、すこし横に立退《たちの》いた。入口に立っている巡査の背後をスリ抜けて一気に表へ飛出せる位置に立った。古ぼけた博多の角帯の下に、右手の拇指《おやゆび》を突込んで直ぐに結び目を前へ廻わせる準備をしていたのを誰も気付かなかった。
キチンと座り直した小娘はそうした銀次の態度をジロジロと横目で見ているようであった。巡査に取捲かれたまま縄を解かれると、すぐに襷《たすき》を外して、肩のあたりをシキリに揉《も》んでいた。それから裾《すそ》をつくろいながら中腰に立上って、膝を揉んだり押えたりした。そうして又もペッタリと座り込むと鬢《びん》のホツレを指先で掻上げながら咳払いを一つ二つした。
「……すみません。お湯一パイくんさい。咽喉《のど》がかわいて叶《かな》わぬけに……」
と頭を下げて、カンカン起った火鉢の上の大薬鑵に手をかけると、思い切って立上りさま天井を眼がけて投上げた。灰神楽《はいかぐら》がドッと渦巻き起って部屋中が真白になった。思わず飛退《とびの》いた巡査たちが、気が付いた次の瞬間にはモウ銀次と小女の姿が部長室から消え失せていた。
5
部長室から飛出した
前へ
次へ
全33ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング