っ》と早よう伺っておりますると面白う御座いましたが……」
「ふうむ。やっぱり藤六はここいらの山窩の一人じゃったんか」
「ハイ。山窩には相違御座いませぬが、ここでは御座いませぬ。元来、高知県の豪農の息子じゃったそうで御座いますが、若気の過ちで人を殺しまして以来、アチコチと逃げまわった揚句《あげく》、石見《いわみ》の山奥へ這入りまして、関西でも有名な山窩の親分になっておりました者だそうで……」
「フウーム。どうしてそこまで探り出した」
「……こんな事が御座います。あの丹波小僧と巡礼お花の死骸を、共同墓地の藤六の墓の前に並べて仮埋葬にしておいたので御座いますが、その埋めました翌る日から、女の死骸を埋めた土盛りの上には色々な花の束が、山のように盛上って、綺麗な水を張った茶碗などが置いてありますのに、銀次の土盛の上は、人間の踏付けた足跡ばかりで、糞や小便が垂れかけてあります。夜中に乞食どもがした事らしう御座いますが……」
「ふうむ。その気持はイクラカわかるのう。山窩とても人情は同じことじゃで……」
「ところがその親の藤六の墓は、ずっと以前から何の花も上がりませぬ代りに、枯れた麦の黒穂《くろんぼ》を上げる者が絶えませぬそうで……どこから持って来るか、わかりませぬが……」
「成る程のう。その理屈もわかるようじゃ。校長の話を聞いてみるとのう」
「私はそのようなお話を存じませぬものですけに、いよいよ不思議に思うておりまするところへ今度の事件で御座います」
「ウムウム」
「この辺の者は麦の黒穂《くろんぼ》の事を外道花《げどうばな》と申しておりますので、藤六の墓に黒穂《くろんぼ》が上がるのは不思議じゃ。何か悪い事の起る前兆《しらせ》ではないか……というこの界隈の者の話をチラと聞いたり致しましたので、イヨイヨ奇怪に存じておりまするところへ一個月ばかり前の事で御座います。有名な窃盗犯で鍋墨《なべずみ》の雁八という……」
「ウムウム。福岡から追込まれて来て新入坑の坑夫に紛れ込んでおったのを、君が発見して引渡したという、あれじゃろ……」
「ハイ。彼奴《あいつ》が須崎の独房で、毎月十一日に腥物《なまぐさ》を喰いよらんチウ事を、小耳に挟んでおりましたけに……十一日は藤六の命日で御座いますけに……」
「成る程……カンがええのう」
「それがで御座います。何をいうにも二人とも死んでおりますために手がかりが一つも御座いませんので困りました。署員の意見を尋ねてみましても、ただこの事件と例の乞食の赤潮との間に、何か関係がありはせぬかという位の、まことにタヨリない意見で、事件の真相の報告書の書きようが御座いませぬ。そこで、ほかに手蔓《てづる》らしい手蔓は無いと思いましたけに、雲を掴むようなお話では御座いましたが、御留守中独断で福岡へ出張致しまして、只今の鍋墨雁八の口を※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》りに参りました訳で御座いましたが、その時に私は思い切って、お花が死にました時の模様を詳しく雁八に話して聞かせますと、それならばと申しまして雁八が、残らず真相《どろ》を吐きました。涙をボロボロ流しておったようで御座いますが……つまり今度、巡礼お花に殺されました丹波小僧と、鍋墨の雁八とは、ズット以前に石見の山奥で、藤六の盃を貰うた兄弟分で御座いましたそうで……しかも雁八が聞いた噂によりますと、丹波小僧というのは藤六の甥どころではない。藤六が天の橋立の酌婦に生ませた実の子らしいという話で……」
「……ううむ。おかしいのう。それでは……何が何やらわからんようになるがのう」
「それがその……それを知っておったのは藤六だけで、本人は知らんじゃった筈と雁八は云うておりましたが……藤六はそんな風にして方々に児《こ》を生み棄てて来た男だそうで……」
「おかしいのう。それでも……」
「もうすこしお話しがあります」
「話いてみい」
「……ところが、それから後《のち》、藤六はその丹波小僧と雁八を一本立にして手離しましたアト、だんだん年を老《と》って仏心が附いたので御座いましょう。今一人居ります娘が、九州で巡礼乞食に化けて、女白浪《おんなしらなみ》を稼いでいるのに会いたさに、自分の縄張を鬼城《おにがじょう》の親分に譲って、石見の山の中から出て来て、この直方まで来て、落付いておりましたものらしく、集まって来た乞食共の中には、藤六の跡を慕うて来た奴どもが相当居ったものらしう御座います。……と申しますのは、つまり藤六が悪魔様に上げている黒穂《くろんぼ》を頂くと、自分の前科が決してバレぬ。一生安楽に暮される守護符《おまもり》になる……というので……もっとも雁八はその貰うた黒穂《くろんぼ》を白湯《さゆ》で飲んだと申しましたが……ハハハ……」
6
署長は感慨深そうに腕を組んで
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