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直方署の巡査部長室の床の上に、猿轡を外された小女が、グルグル巻のまま寝かされていた。銀杏髷《いちょうまげ》がグシャグシャになって、横頬を無残に擦剥《すりむ》いていたが、ジッと唇を噛んで、眼を閉じて、横を向いていた。
その周囲を五六人の警官が物々しく取巻いて、銀次の陳述に耳を傾けていた。
中央に立った銀次は、すこし得意そうに汗を拭き拭きお辞儀をしては、横の火鉢に掛かっている薬鑵《やかん》の白湯《さゆ》を飲んだ。
「……ヘエ……お褒《ほ》めに預るほどの手柄でも御座んせんで……ヘヘ。あんな離れた一軒家で、前の藤六から以来《このかた》、小金《こがね》の溜まっているような噂が立っているそうで御座いますから、いつも油断しませずに、出入りのお客の態度《ようす》に眼を付けておりましたお蔭で御座いましょう。ヘエ。……この小女《あま》っちょが這入って来た時に、この界隈の者でない事は一眼でわかります。第一これ位の縹緻《きりょう》の娘は直方には居りませんようで……ヘヘ。それから一升買いに十円札を突《つ》ん出す柄じゃ御座んせんで……どう考えましても……ヘエ。それで一層気を付けておりますとこの小女《あま》っちょ奴《め》え、潜り戸に凭《もた》れかかる振りをしてマン中の桟から掛金までの寸法を二本指で計ってケツカルので……ヘエ。それから私が十円札の釣銭《つり》を出すところを、うつむいたまま気を付けている模様ですから、私はイヨイヨ今夜来るなと思いました。来たら出来るだけ身軽にしとかんと不可《いか》んと思いまして、慣れた者の飴売りの身支度をして待っておりますと……ヘエ。ツイ一時間ばかり前の事で御座います。掛金の上の処を切抜きました小女《あま》っちょが手を入れましたけに、直ぐに引っ掴まえて引っくくり上げて、ここまで担いで参りましたので……ヘエ」
「成る程のう。貴様は気が利いとるのう。素人には惜しい度胸じゃ。アハハハハ……」
「フーム、コンナ常習犯の奴の手口は、アイソ、サグリ、ノリと云うて、三度手を入れてみるものじゃがのう。最初に手を入れた時に捕えようとしても決して捕えられるものじゃないがのう」
これは銀次と肩を並べている痩せ枯れた胡麻塩鬚《ごましおひげ》の巡査部長の質問であった。しかし銀次は平気で答えた。
「ヘエ。そげな事は一向存じまっせんでしたが、ただこの外道《げどう》と思うて待ち構え
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