ておりますところへ、遣って参りましたので思い切り引っ掴んでしまいましたが……ヘヘヘ……」
「オイオイ……女……それに相違ないか」
巡査部長が靴の先で小女《こおんな》の頭をコツコツと蹴った。
小女はヤット眼を見開いて、冷やかに頭の上を見た。噛んでいた唇を静かに嘗《な》めまわすとハッキリした声で云った。
「……この縄……解《ほど》いてくんさい。白状するけに………」
「……ナニ……縄を解け……?……」
「……アイ………」
「そのままで云うてみい」
「イヤイヤ、このままならイヤぞい。痛うて物が云われんけに……どうぞ……」
小女は又もシッカリと眼を閉じて唇を噛んだ。訊問に慣れているらしい巡査部長は、凹《くぼ》んだ眼でマジリマジリと小女の顔色を見ていたが、やがて大きく一つうなずいた。傍の巡査を腮《あご》でシャクッた。
「オイ。解いてやれ」
「ハッ」
若い巡査が二人で女を抱え起して泥だらけの板張の上に横座りさせた。
これを見た銀次はチョット狼狽したらしかった。巡査達の顔を素早くツラリと見渡したまま固くなっていたが、やがて覚悟をきめたらしく、軽いため息を一つ鼻から洩らすと、縄を解《と》く邪魔にならないように、すこし横に立退《たちの》いた。入口に立っている巡査の背後をスリ抜けて一気に表へ飛出せる位置に立った。古ぼけた博多の角帯の下に、右手の拇指《おやゆび》を突込んで直ぐに結び目を前へ廻わせる準備をしていたのを誰も気付かなかった。
キチンと座り直した小娘はそうした銀次の態度をジロジロと横目で見ているようであった。巡査に取捲かれたまま縄を解かれると、すぐに襷《たすき》を外して、肩のあたりをシキリに揉《も》んでいた。それから裾《すそ》をつくろいながら中腰に立上って、膝を揉んだり押えたりした。そうして又もペッタリと座り込むと鬢《びん》のホツレを指先で掻上げながら咳払いを一つ二つした。
「……すみません。お湯一パイくんさい。咽喉《のど》がかわいて叶《かな》わぬけに……」
と頭を下げて、カンカン起った火鉢の上の大薬鑵に手をかけると、思い切って立上りさま天井を眼がけて投上げた。灰神楽《はいかぐら》がドッと渦巻き起って部屋中が真白になった。思わず飛退《とびの》いた巡査たちが、気が付いた次の瞬間にはモウ銀次と小女の姿が部長室から消え失せていた。
5
部長室から飛出した
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