工所に対する不断の脅威となっていたからであった。
 だから人体の一部分、もしくは生命そのものを奪った経験を持たぬ機械は、この工場に一つもなかった。真黒い壁や、天井の隅々までも血の絶叫と、冷笑が染《し》み込んでいた。それ程|左様《さよう》にこの工場の職工連は熱心であった。それ程左様にこの工場の機械|等《ら》は真剣であった。
 しかも、それ等の一切を支配して、鉄も、血も、肉も、霊魂も、残らず蔑視して、木ッ葉の如く相闘わせ、相呪わせる……そうして更に新しく、偉大な鉄の冷笑を創造させる……それが私の父親の遺志であった。……と同時に私が微笑すべき満足ではなかったか……。
「ナアニ。やって見せる。児戯に類する仕事だ……」

 私は腕を組んだまま悠々と歩き出した。まだまだこれからドレ位の生霊を、鉄の餌食《えじき》に投げ出すか知れないと思いつつ……馬鹿馬鹿しいくらい荘厳な全工場の、叫喚《きょうかん》、大叫喚を耳に慣れさせつつ……残虐を極めた空想を微笑させつつ運んで行く、私の得意の最高潮……。
「ウワッ。タタ大将オッ」
 という悲鳴に近い絶叫が私の背後に起った。
「……又誰かやられたか……」
 と私は瞬
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