こかで見た事のある縞ズボンと診察着であった……と思ってチョット眼を閉じて考えたが……間もなく私はハッと気付いた。眼をまん丸く剥《む》き出して、その顔を見上げた。
 それは私が予想した通りの顔であった。……青白く痩せこけて……髪毛《かみのけ》をクシャクシャに掻き乱して……無精髪《ぶしょうがみ》を蓬々《ぼうぼう》と生《は》やして……憂鬱な黒い瞳《め》を伏せた……受難のキリストじみた……。
 それは私であった……嘗《かつ》てこの病院の医務局で勉強していた私に相違なかった。
 私の胸が一しきりドキドキドキドキと躍り出した。そうして又ドクドクドク……コツコツコツコツと静まって行った。
 診察着の背後《うしろ》の巨大な建物の上を流れ漂う銀河が、思い出したようにギラギラと輝いた。
 ……と……同時に私は、一切の疑問が解決したように思った。私を精神病患者にして、この檻に入れたのは、たしかにこの鉄格子の外に立っている診察着の私であった。この診察着の私は、あまりに自分の脳髄を研究し過ぎた結果、精神に異状を呈して、自分と間違えてこの私を、ここにブチ込んだものに相違なかった。この「診察着の私」さえ居なければ私
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